エビスが生まれた神社、帰る場所。
生夷(いくい)神社の特徴
生夷神社は恵比寿生まれの神社で、商売繁盛にご利益ありです。
延喜式式内社に登録され、歴史を感じる神社です。
小さな神社ですが、訪れる価値は十分にあります。
コンパクトですが、延喜式神名帳に記載のある神社です。えびすが生まれたとされます。
夷、が、生、まれた神社エビスが生まれた、とされる神社です十日恵比寿の日に行ってみましたが、誰もおらず不思議な神社です。
ふるさとに帰ってきたようなあたたかさを感じます。狛犬さん達も先輩と後輩が4体いてくれていますが、それぞれが愛嬌があって和みます。近所のトリさんが🐔出迎えてくれました😊
延喜式小社・事代主神社の論社とされる神社である。「生夷」から阿波古事記研究会によって「夷=事代主」が生まれた所とされる。当地は平安時代末期からみえる庄園で生夷(いくいなの)庄と呼ばれる。明治時代には生比奈(いくひな)村であった。夷神が事代主と習合したのは江戸時代であるため生夷庄にヱビスである事代主が生まれたなどという意味があるはずもない。現在、社号がイクイと呼ばれているようであるが地名からするとかなり怪しい話である。阿波名勝案内 (訂正再版)石毛賢之助 編(大正5) の勝浦郡の項目に下記の記事がありましたのでご紹介します。「生夷の語源かと思われる記事」です。アイヌに関する記述がございますが大正時代の解釈ですのでご了承下さい。『伯部の祖』日本武尊の東夷を伐つや、俘囚を神宮に献ず、蝦夷等晝夜喧囂出入禮あし、倭姫命曰蝦夷等宜しく神宮に近くべからずと、依て之を大和御諸山の傍に移せしに、山樹を伐り隣里に叫呼しして人民を脅せり、乃ち中國に住ますべからずとて、幾外なる播摩讚岐伊豫安藝阿波の五國に分置す其子孫皆勇悍にして兵士に適す、之れを五國の佐伯部と云ふ、延喜二年板野郡田上郷の戶籍に佐伯氏あり、また焼山寺所藏貞和五年の古文書にも、永徳應永天文などの頃佐伯氏の人見ゆ、斯くの如く阿波に蝦夷即ちアイヌの住せし事は明瞭なるが、生比奈村は昔時生夷と呼びたれば、或は蝦夷の俘囚を置きし地に非ざるかとの說あり。景行天皇の「蝦夷は中國(なかつくに)には住ませられないから畿外(そとつくに)の阿波など希望の地に住ませなさい」というその場所がここではないかという説があるとの事です。
本当に徳島は不思議なところです。少し車で走るとこのような神話の世界に出会えます。鎮守の神様のようなほっこりとした小さな神社ですが、事代主神が祀られた式内社だとか。信仰の対象であり、地域のシンボルであり、土地に刻まれた古の記憶でもあります。このような神社がいつまでも大切にされ、伝えられて行くことを期待します。
発見エビっさんの産まれた神社らしい!
是非参拝に行くべきだ☺
かなり小さな神社です。それに古い❗木造本葺き瓦が、更に趣があります。
延喜式式内社 阿波國勝浦郡 事代主神社創祀年代不詳。式内 事代主神社は、全国で阿波の二社のみその他、事代主命の名が付くのは、奈良の鴨都波八重事代主命神社だけ鴨都波八重事代主命神社の社伝では、崇神天皇の時代、勅命により太田田根子の孫の大賀茂都美命が創建。
| 名前 |
生夷(いくい)神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://www.jinja-net.jp/jinja-all/jsearch3all.php?jinjya=24226 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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生夷神社は夷さんの生まれたところ。ある人からここは本当に神様がいる。何度も経験がある。境内には緑色した珠が動き回っているという。肉眼には見えません。写真と動画を貰った。みんな見てみて!