吉野川の神秘、建布都神社巡り。
建布都(たけふつ)神社の特徴
平安時代に纏められた由緒ある式内社です。
吉野川北岩の平地に位置する神秘的な神社です。
豊かな自然に囲まれた静かな環境が魅力です。
古代史に興味を持ち、地元の神社を皮切りに神社巡りを始めました。とても神秘的で、建布都古墳もあります。
ごく普通の神社です。
扁額の出来上がるのを楽しみにしてます。
神秘的な感じがします🙇♂️
平安時代に纏められた「延喜式神名帳」にも登録されている由緒ある式内社です。御祭神「建布都神」の別名は「建御雷之男神」で「鹿嶋神宮」「春日大社」の御祭神としても有名です。不思議な事に「国譲り」で、建御雷之男神と力比べをして敗北し「諏訪の地」に逃れた「建御名方神」を祀る多祁御奈刀弥神社が10km程下流の対岸石井町に鎮座しています。そこには力比べをした「石」がありました。
吉野川北岩の平地の畑の中にある。少し盛り上がっているのは、城以前にここには古墳があったからだ。
| 名前 |
建布都(たけふつ)神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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建布都神社(たけふつじんじゃ)。徳島県阿波市市場町香美郷社本。式内社(小)建布都神社論社、旧郷社。【祭神】建布都神資料によると、創祀年代は不詳。以前は平地祠、あるいは平治権現と称し、通称は「おへーしさん」。当地は平安時代、大野寺の末寺岡ノ坊があったところとされ、現在も寺北の地名を残しているという。また、戦国時代の香美氏の居城跡ともされ、長宗我部氏との戦で香美馬之助が戦死するまで、数々の哀話を秘めているという。八幡神社との式内論争があり、幕末の安政3年(1856年)の掲額「式内小社建布都神社」がある。明治3年(1870年)、現社号に復称した。明治5年(1872年)、郷社に列した。明治40年(1907年)10月、神饌幣帛料供進社に指定された。御祭神は建布都神。『古事記』に武甕槌神の別名とある。また、奈良の石上神宮の御祭神と同じく、武甕槌神の帯びていた霊剣とも。どちらにしろ、物部氏ゆかりの社。他に、経津主命・大山祇命・事代主命を祀る。例祭は10月23日で例大祭。境内末社に、天満宮と山神宮がある。青面金剛碑や社日も祀られている。当社の拝殿の屋根は、シャチホコのほか、白虎、青龍、朱雀、そして玄武、といった四神があしらわれている。南北朝時代の応安2年(1369年)、法眼定金によって造立された板碑があり、建てられているところは、直径17mの円墳である建布都古墳。古墳は史跡であり、板碑は町の文化財に指定されている。なお、式内社「建布都神社」の論社は他に、土成町郡に当社および式内同名神社があり、土成町成当の赤田神社、市場町香美八幡本の八幡神社、市場町犬墓の伊笠神社がある。とあります。