全国唯一、伊射奈美神社で古代史のロマンを体感。
伊射奈美神社の特徴
滋賀県美馬市の中島に鎮座する美しい神社です。
全国で唯一、伊邪那美を祀る神社として知られています。
桜の花が鳥居を飾り、心和む雰囲気が広がっています。
全国で3社しかないイザナミと名のつく神社の一社です、イザナミを社名とする式内社は阿波国美馬郡の1社のみです 境内に建っている神社由緒をみると、十二社大権現もしくは十二所神社と呼んでいた社名を、昭和になって伊射奈美神社と改めたとあります。舞中島の伊射奈美神社は、昭和になってから十二所神社から伊射奈美神社に改称されていることや中鳥の伊射奈美神社の神紋が十六菊花紋であることから考えると、中鳥の伊射奈美神社の方が延喜式内社のような気がします。
お社は比較的新しいです。石柱、狛犬さんは古く見えますが苔生しており、文字の判読は難しいです。お社前の石柱は「昭和十五年、皇紀二千六百年記念」とありました。もっと古そうに見えたのですが、立地のせいかもしれないですね。注連縄は藁、鈴の房部分は麻でした。彫刻に獅子にしては頭の小さい、お猿さんがいるような…お猿さんですか?本殿に向かって右手裏に小さな祠がたくさんありました。ナビで行ったら、本殿右手に着きました。簡易トイレ前に駐車場と思われる場所、ゆったり6台くらいは停められそうです。
イザナミを冠する神社が徳島にあることに古代史のロマンを感じます。淡路島に近い徳島には何かある!と思わせる神社でした。
秋晴れの気持ちの良い時に行くことができました。きれいに草刈りもしてあり参拝しやすかったです。国道から見えるのですが行くと初めての人には少し分かりにくいかも…でも雰囲気のある神社でした。龍が施されていて力強い感じもします。
徳島県美馬市と貞光市に2社のイザナミ神社がある事を皆様はご存知ですか?
中島の美波に位置して、小さな林の中に堂々と鎮座してる。イザナミを単独で祀られいました。歴史ロマンをかき立てる神社でした。
「伊射奈美神社」は、徳島県の美しい自然に抱かれた、訪れる人々に穏やかな神聖な雰囲気を提供している神社です。古くから伝わる神秘的な雰囲気と、社殿周辺の静寂な森林が、心を落ち着かせ、訪れる者を日常の喧騒から解放してくれることでしょう。歴史と自然が融合したこの神社で、心身ともにリフレッシュする贅沢な時間を過ごしてみてください。
伊射奈美を祀っている非常に珍しい神社です。無人で参拝者も無く、ひっそりと鎮座している感じです。そのせいか、神秘的な印象を受けます。
イチョウの大木があり、落葉すると見事な黄色のじゅうたんになります伊邪那美のミコトの名前の神社は、阿波徳島にしかありません邪馬臺国が阿波だった証のひとつです。
| 名前 |
伊射奈美神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
伊射奈美神社(いざなみじんじゃ)。徳島県美馬市穴吹町三島舞中島。式内社(小)論社、旧村社。【祭神】伊射奈美命 武甕槌命 経津主命 猿田彦命資料によると、創祀年代は不詳。『名神序頌』によれば、平安時代前期の貞観年間(859年-877年)の創建という。ただし、平安時代直前となる延暦7年(788年)、国司奉幣があったともされるから、それ以前の創祀とも考えられる。『日本三代実録』貞観11年(869年)3月、従五位下に進んだ。下って室町時代の応永3年(1396年)と天文元年(1532年)、社殿造営の記録が残る。古くは十二社大権現・十二所大権現と称した。『阿波志』が式内社「伊射奈美神社」に比定した口山尾山の十二所神社は、当社の奥宮である。舞中島は、もともと陸続きの地だったが、安土桃山時代の天正10年(1582年)の洪水で、吉野川と妙蓮川に挟まれた中州となった。この洪水で、当社も流出したという。流出後の文禄3年(1594年)、社殿が再建されたようだ。応永3年、天文元年の棟札を含めて現存しており、応永3年のものは、穴吹町最古の棟札だという。明治までは十二所明神、十二所大権現と称し、明治12年(1879年)に十二所神社と改称した。明治43年(1910年)、舞中島の武田神社・若宮神社・横野神社・大柳神社・稲荷神社・建神社を合祀した。御祭神は、伊射奈美命(イザナミ)・武甕槌命・経津主命・猿田彦命。昭和になって、式内社であるということから、現社号に改めた。なお、式内社「伊射奈美神社」の論社は他に、当社奥宮の先の十二所神社の他、美馬町に当社および式内同名神社、脇町猪尻の八幡神社、吉野川市山川町の高越神社がある。イザナギの神名を関する式内社は全国に七社あるとされるが、対となるイザナミを関する式内社は、阿波国美馬郡のみで、淡路伊佐奈伎神社との関連が指摘されている。とあります。