天然記念物の社叢に魅了。
椎尾八幡神社の特徴
階段がしっかりした風情ある神社として魅力的です。
豊かな自然を生かした社叢林が整備されています。
高鉢山への登山口としても大変便利です。
本に見る神社の紹介文。❶【参考 香川県神社誌 下巻 昭和13年(1938年)】椎尾八幡神社(1938年の本による、現在ではない)[祭神] 応神天皇(弓の神)・天正年間(1573年~1592年)の兵火により、古い記録が焼失した為、それ以前の由緒は不詳である、とある。・しかしながら伝える所によると貞観(じょうかん)2年(860年)「菅原是善(これよし)」の家臣の「青井対馬」が山城の国の「石清水(いわしみず)八幡宮」の分霊を椎尾山(しいおさん)に迎えて「椎尾八幡」と称して、此の地の産土神(うぶすながみ)としたという。・長尾大隅守が社殿を造営したが、天正年間の兵火により社殿が焼失した。同じころに「東分村福宮八幡」が災火によって焼失したので、当社に合祀したという。以来「東分・西分の両村」の産土神であったが、天和3年(1683年)に福宮八幡が東村に遷御されると、また「西分村の産土神」となったという。[例祭日] 10月8日[境内地面積] 1786坪[境内神社 阿諏訪神]_[祭神] 天忍穂耳命(あまのおしほみみのみこと)・長元2年(1689年)2月15日に「椎尾八幡宮」において「百手祭」を行っていた時に、1人の年老いた男が来て「小箱に矢を添えて」置いて失せた、という。人々は不思議に思って箱を開いたという。「阿 諏訪大明神」と記した神鏡1面があった、という。急ぎ本社に祀ったという。・嘉吉( かきつ )3年(1443年)社殿を営みて本社境内に祀る。・元和2年 再建する。・天正年中に本社に合祀する・享保年中に又境内に社殿を作り祀る・慶應元年8月8日洪水の為、破壊する。以来本社相殿に祭られた、とある。
西分の氏神様。
良い感じです。階段は手すり付で安心です。けっこうな坂ですけどね。
社までの階段がちょっときついけど風情ある神社でした。
県道17号線を南に走り綾川を渡って少し首切り峠側に走ると右側に鳥居が見えます。ここが椎尾八幡神社です。八幡神社ですので祭神は応仁天皇です。神社の歴史とかの古い記録書籍等は天正時代の戦乱で兵火にあい焼失したようです。口伝によると貞観二年(860年)山城國の岩清水八幡宮から勧請し、この地の産土神として祀った。境田摂社 阿諏訪神社 天忍穂耳命また社の浦山、社叢林は香川県自然記念物で椎の木(ツブラジイ)の純林の陰樹林です。神社左側の道を高鉢山方面に上がると香川県では珍しい風穴が有ります。高鉢山登山口はこの道を登ると有 ります。
なかなかの雰囲気がある神社ですね。
この椎尾八幡神社は香川県綾歌郡綾川町西分堂谷に位置します。ここは、県道17号府中造田線の道沿いにあり、直ぐ横がバス停西分である。この神社横から高鉢山の登山口にもなっている。この神社は、俗に(堂谷の八幡さん)として親しまれている。創建は、貞観二年(860年)に、京都石清水八幡宮の分霊を遷座したのが始まりとされる。古くから(八奴)と呼ばれる奴組みの奉納が名高い。この神社の社叢は、香川県指定の自然天然記念物になっている。名の通り、椎の木が多く、県下でも規模が大きいツブラジイの純林となっている。
豊かな自然を有する社叢林があり、高鉢山への登山口にもなっています!首切峠の北に在る神社です。
| 名前 |
椎尾八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://kagawakenjinjacho.or.jp/shrine/%E6%A4%8E%E5%B0%BE%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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20260419 初見社叢が、天然記念物。