明治の銘米『神力』、大躍進の成就!
岩村善六君頌徳碑の特徴
地元の偉人顕彰碑がある、歴史を感じられる場所です。
明治の銘米神力の発見者のストーリーが魅力的です。
丸尾重次郎の功績をしのぶ大切な史跡として評価されています。
たつの市発祥の明治の銘米「神力」の発見者、丸尾重次郎からその米(器量良し)を譲り受け3年程検証した後、素晴らしい米であると、日本全国にこの米を紹介した神力(後でついた名)米大躍進の立役者です。当時は姫路市余部村の区長だったと記憶しています。岩村善六の活躍により、日本中の田んぼに広がった神力米は最大時、53万町歩にも達し、明治政府に莫大な税収入をもたらしました。丸尾重次郎は農民としてただ一人、位階を授かった程です。その立役者が岩村善六です。丸尾重次郎と二人、もっと歴史の表舞台に出てきてもおかしくない人たちです。初代カリフォルニア米でもあり、収穫量の増加で飢饉がなくなり、単位面積あたりの収穫量を増やせば利益が大きくなるという事を日本中の農家に気づかせた点でも近代農業の始祖とも言えます。彼がここ河内村の二代目村長になったとき、豪雨により揖保川は大洪水となり、河内の村々は十日間以上どろ水の海となりました。善六は水害の復旧に全力を注ぎ、水害を防ぐため、逆流しやすい前川を改修し、樋門を築き直し、その下流に「亀の甲堤防」を築きました。
| 名前 |
岩村善六君頌徳碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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地元の偉人顕彰碑です玉垣は亀裂が入り危険ですので注意して下さい。