池田綱政の慈眼堂で過ごす静寂のひととき。
慈眼堂の特徴
後楽園内にある沢の池前の慈眼堂は江戸時代の祠堂として歴史を感じさせる場所、
池で鯉や亀に餌やりでき、外国人観光客が写真を撮るほど迫力ある風景が魅力、
岡山城を望む静かな環境にあり、近くの烏帽子岩が印象的な観光ポイントとして人気、
ぐるっとまわれます。花崗岩を36個に割って持ってきて組み立てたという岩が。
池田綱政が建立後楽園ど真ん中池が静かで鯉がゆらゆら泳ぐ。
藩主池田綱政が2体の如意輪観音を祀った仏堂。山門の仁王像は現在県立博物館にある。元鐘楼であった腰掛や巨岩を割って運び再び組み直した烏帽子岩、七重石塔など見どころが多いが今は空堂となっている。(管理者岡山県は政教分離により宗教的活動はできないため)綱政が参勤交代の帰路遠州白須賀宿に泊まった折、夢に観音のお告げを聞き夜が明ける前に出立したところ世にいう宝永地震の大津波が起き宿場町は壊滅した。この時の観音(潮見観音といって今も現地の蔵法寺に祀る)の分身千手観音もかつては慈眼堂の本尊であったが、現在は南方の長泉寺と池田動物園内となぜか2箇所に伝えられている。
【慈眼堂(じげんどう)】備前岡山藩・第2代藩主の池田綱政(いけだつなまさ)が還暦を迎えた時に観音像を2体祀ったお堂です。毎年正月、5月、9月それぞれ22日を参拝日と定めて、自身のみならず家老にも参拝をするよう命じていたと言われています。また慈眼堂の近くに稲荷宮(いなりみや)を1786年に勧請し、明治維新後には東京の本邸から由加神社(ゆかじんじゃ)を遷宮しています。それらの背景を踏まえ慈眼堂周辺は、歴代藩主の祈りの場であった事が推察されます。1884年(明治17年)に後楽園が池田家から譲渡されますが、慈眼堂の本尊である観音像は池田家に返還されている為、現在まで空堂になっています。
沢の池の前にあるお堂。歴史を感じさせる様相をしている。
後楽園内にあるお堂。
2021年8月1日 夏の幻想庭園に行って来ましたが素晴らしい内容でした。
現在の後楽園には、慈眼堂・弁財天堂・地蔵堂・四天王堂・稲荷宮など、江戸時代から神仏を祀った建物がいくつか残っています。中でも、後楽園の信仰の中心となっていたのが、元禄十年(1697年)に建立された慈眼堂です。慈眼堂(観音堂)は岡山城の真北に当たる位置に建立され、如意輪観音像を祀り、藩主綱政が普門品(観音経)を写経して奉納し、国家安全・子孫繁栄が祈念されました。また、慈眼堂近くにある鳥帽子岩という巨大な岩にもご注目。園内にある大立石と対(雄と雌)の切断し分解され運び、また当地で組まれたというから、当時の石工さん達の技に圧倒されます。
綺麗な庭園、お城、ゆっくり時間が流れました❗
| 名前 |
慈眼堂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
086-272-1148 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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大きな石があり、割って運び込まれたとのこと。技術の高さが偲ばれます。