庭瀬藩主ゆかりの格式高い寺。
不変院の特徴
庭瀬藩初代が建立した日蓮宗寺院で独特の歴史あり。
水路を渡る境内は、まるで迷路のような美しさ。
墓地を抜けると正善院や大乗院へもアクセス可能です。
この付近独特のお堀というか、迷路の様な水路を渡って境内に入ります。蘇鉄の木があり、一種不思議な場所でした。
堀の石橋を渡って山門に...正善院と大乗院へはこちらの境内からも墓地の中を抜けると行けます。
法事、お墓参り等お世話になっています。日蓮宗。不変院と言うより、私の中では「大坊」のほうがしっくりきます。庭瀬往来の旧中国銀行のところ(古い人にしかわからない!)を曲がりジグザグに進むとたどり着きます。途中、常夜灯の前を通ります。道が狭いのでお気を付けください。地元民じゃないとわからないかな。
◎庭瀬藩初代藩主「戸川達安」ゆかりの寺⚫︎藩主戸川家の菩提寺で格式高い寺⚫︎立地: 旧庭瀬城内。前面の堀が雰囲気抜群!⚫︎開基: 戸川達安・天台宗の寺→日蓮宗に改宗させた。⚫︎寺名: 達安の法名「不変院」に因んで改称◎見所⚫︎お寺の前面にある旧庭瀬城の堀。⚫︎堀を跨ぐ石橋と山門への道。⚫︎境内に同居する八幡大菩薩宮の本殿。⚫︎戸川家累代の墓石群◎戸川達安(みちやす)とは?「信長の野望」では凡将扱いだが、実は⚫︎戸川家は、悪名高い戦国武将「宇喜多直家」の重臣の家柄⚫︎13歳で初陣、歴戦の猛将。・備中高松城攻め・小牧・長久手の戦い・紀州根来攻め・四国征伐・九州征伐・小田原征伐・文禄・慶長の役⚫︎宇喜多家のために尽くしたが・・→宇喜多家二代目のボンボン「秀家」は→秀家: 「達安ウザ!重臣解任。」(前田家から輿入れの正妻の付人を重用)→秀家: 「イエス様〜 大好き!」(達安はガチの日蓮宗信徒)→秀家: 「贅沢大好き〜」(領民は重税に苦しむ)⚫︎達安の怒り爆発→お家騒動に発展→徳川家康が仲裁に入る。→達安: 「俺、徳川の家来になるよ」⚫︎関ヶ原の合戦・徳川方で参戦。武功を上げる。・西軍の超有能武将「島左近」を討ち取る。・褒美に、「庭瀬藩3万石」を貰う。・ちなみに、宇喜多秀家は八丈島に島流し。⚫︎戸川家は4代続くが、その後跡継無しで断絶😢
庭瀬藩主に関連します。
おまいりしたところ、犬にほえられ、さんざんでした。2018年9月訪問。
堀際に立ち、一風変わったお寺さんです。昔の砦の様です。是非一度、訪問して頂きたいです。江戸時代へ、タイムスリップです。
| 名前 |
不変院 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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庭瀬藩初代戸川達安の建立になる日蓮宗寺院で「大坊」と称しました。他に同宗の寺院で大坊を名乗るのは日蓮入寂の地の池上大坊本行寺しかないと住職がおっしゃってました。後、庭瀬戸川家は断絶したため達安の墓は両山一首の関係にあった妹尾盛隆寺に移されましたが戸川家累代之墓は残ってます。境内は庭瀬城の堀に包まれ、立派な八幡大菩薩の社殿もあります。