広重が描いた清澄寺の風景。
旧清澄バス停展望所の特徴
勝手に当時のことを想像できる、歴史的な雰囲気が魅力です。
海が遠くに見える絶景ポイントで、広重の美しさを体感できます。
展望所からの景色は、まるで広重の絵そのもののようです。
なるほどフムフム…と眺め、勝手に当時の事を想像してみる。この場所には駐車出来ず少し離れたお寺の駐車場に停めることになる。
海が遠くに見え、広重の絵そのものです。なんとなく変わらない風景に感動しました。
| 名前 |
旧清澄バス停展望所 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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安藤広重がここ清澄寺を参拝したのは嘉永5年(1852年)のことである。清澄寺参拝の6年後の1858年、日本各地の名所を描いた20枚の錦絵を「山海見立相撲」という名で世に送り出している。広重は同じ1858年の10月に亡くなっているので「山海見立相撲」は最後の作品となる。この錦絵20枚の中に「安房清住山」「安房小湊」「上総木更津」「上総鹿楚山」の4枚の千葉の風景が収められており、清澄の他に小湊、木更津、鹿野山を訪れていたことがわかる。清澄寺と小湊は日蓮聖人ゆかりの地でもあり、広重は日蓮聖人の「されば臨終のことを習うて後に他事を習うべし」(妙法尼御前御返事)と言う言葉に感化されて、まもなく訪れる自身の臨終を意識しての参拝だったのではないだろうか。それにしても見事な景色であり、何年たっても色褪せない風光明媚な景色が広がっている場所である。