江戸の物流が息づく水門。
一の口水門の特徴
由緒ある佇まいに心が安らぎます。
パナマ運河を超える歴史のある水門です。
丁寧な説明書きが見学をサポートしています。
説明文に書いてある通り、由緒ある佇まいです。実際に使用できるのか?とかも知りたいな、と思いました。
高瀬舟通しをゆっくり見ました。
倉敷駅から車で20分ほど、高梁川の倉敷大橋を渡り船穂方面へ少し向かっところにある1645年に松山藩主水谷氏によって築かれた水門です。300メートル下流には「二の口水門」も設けられ、高梁川と水路との間に生じる水位差の調整を行う閘門式運河(パナマ運河方式)で、この水門から玉島港までの約10kmの水路が整備されると高瀬舟が運航されるようになり、20世紀初頭まで長期間に渡って多くの物資を運んで水運に活用されました。一の口水門は「倉敷市日本遺産」を構成する文化財で、倉敷市の文化財にも指定されています。
最近、古くなったところを改修して見栄えがよくなってます。
スエズ運河よりも、パナマ運河よりも歴史のある閘門式の水門。すぐ下流にニノ口水門がある。
小屋に色々と丁寧に説明書きが貼られてある。
江戸からの物流システムの一端当時を振り返る貴重な遺跡です。
江戸からの物流システムの一端当時を振り返る貴重な遺跡です。
当時を偲ばせるものは小屋しかありませんが、看板に丁寧な説明書きがされています。
| 名前 |
一の口水門 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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現在のパナマ運河のような仕組みの運河らしい。駐車場有。元和三年(一六一七)、池田長幸が備中松山藩主となり、船穂・玉島で新田開発が始まった。池田氏改易後、水谷勝隆の時代に船尾新田・玉島新田などが開発される。当時、高梁川では高瀬舟が運航され、口水門と一の口水門を操作して水位を調節し船を通した。西高梁川分流の廃止で玉島港への航行が不便になると、灌漑用水路を拡張した「高瀬通し」が整備され、延宝二年頃に完成した。この運河は二つの水門を用いる閘門式で、日本最古級とされる。