1610年、名古屋城の石。
原川の落とし石の特徴
名古屋城築城のため運ばれた石がある史跡です。
岩崎山からの石が原川に落下した歴史があります。
年貢橋は1610年に存在していたとされています。
名古屋城築城の石垣普請では旧豊臣家臣の西国大名(外様)が多く担当し、岩崎山が加賀前田家の石切場で、運搬中に落下した石をそのまま放置し捨てたようで、味岡の年貢橋(清正橋)付近の原川下流で見つかったそうです。石には前田家が使用した刻印が彫られ、くさびを打ち込んだ跡も残っています。落下しなければ今頃名古屋城に・・・ 名古屋城の石垣の石は尾張の岩崎山や瀬戸 三河の篠島や竹島 美濃の養老などから切り出され、各所に落とし石が見つかってるようです。
慶長十五年(1610)の名古屋城築城の時、加賀前田氏によって、近くの岩崎山から運ばれる途中、原川に落下し放置された石。なぜ落ちた石を放置したのかというと、落ちた石=落城 を連想するからだとか。名古屋城築城から数百年経った今でも残る貴重な石です。
| 名前 |
原川の落とし石 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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岩崎山の石材を名古屋城の築城のために運ぶさいに年貢橋を通ったとしたら年貢橋も1610年には、あった事になりますね。