歴史ある神野神社で心の旅を。
神野神社の特徴
日本の神社で唯一の正八幡宮がここにあります。
歴史ある神社で見所がたくさんあります。
神野神社独特の雰囲気を楽しむことができます。
歴史ある神社です。
日本の神社で八幡宮と呼ばれる神社は各地で多くありますが正八幡宮となる本宮はこの地の神野神社だけです。
見所の多い神社でした。
| 名前 |
神野神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0877-28-0727 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:00~17:00 |
| HP |
https://kagawakenjinjacho.or.jp/shrine/%E7%A5%9E%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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神野神社(かんのじんじゃ)。香川県丸亀市郡家町八幡下。式内社(小)論社、旧郷社。【祭神】天穗日命(配祀)品田和気命 息気長足姫命 中日売命 武内宿禰 中臣烏賊津臣命 須佐之男命 猿田彦命 武甕槌神 軻遇突智命 経津主命 大国主命【関係氏族】和気氏資料によると、道をはさんで東側に皇子神社があり、当社を含め、両宮と呼ばれる。この地は郡衙があったところで、地名の郡家もこれに由来する。第26代継体天皇2年の鎮座という。伊予国神野郡の人である久留島(和気氏の一族)が当地に移住し、その祖神である伊曽乃神社を勧請した。「我は土師の祖神で、この地に鎮り居ること多年、神殿が破壊されたので汝よく修営すべし、国家永久五穀豊穣となり」との神託があり、天穂日命が奉斎された。伊曽乃神社は土師氏や天穗日命とのつながりは強くなく、伊曽乃神社をそのまま勧請したというよりも、伊曽乃神社の崇敬者が新たな神託に基づいて創祀した、ということか。第33代推古天皇5年に宇佐八幡宮から八幡神(品田和気命・息気長足姫命・中日売命)を相殿に勧請した。このため、長らく八幡宮、正八幡宮と称されることになった。平安時代の仁和3年(887年)、菅原道真が国守在任の時、自身も土師氏で、天穗日命が奉斎されていることに感銘し、神像を刻して納奉したと伝わる。南北朝時代の貞和3年(1347年)、細川頼春が社殿を再営した。戦国時代の天文10年(1541年)にも造営されるが、天正7年(1579年)、兵火により焼失。宝物・神殿はすべて焼失したが、御神体は自ら去って、当社の東方6丁あまりに鎮座したという。そのため、今八幡と呼ばれた。天正17年(1589年)、旧跡である現在地に神殿を再営し、同年8月14日に遷座した。江戸時代になり、高松藩祖松平頼重に厚く崇敬され、正保元年(1644年)に社地が寄進された。江戸時代は神野八幡宮と称していた。その後も頻繁に社殿の造営が行われ、寛文10年(1670年)、天和3年(1683年)、元禄4年(1691年)、正徳3年(1713年)、享保14年(1729年)、宝暦6年(1756年)、寛政8年(1796年)、文政4年(1821年)、弘化3年(1846年)、万延元年(1860年)と江戸時代を通じての記録がある。最近では明治23年(1890年)、大正12年(1923年)に社殿を改修、昭和5年(1930年)には幣殿・拝殿を改築した。現在は、武内宿禰・中臣烏賊津臣命・須佐之男命・猿田彦命・武甕槌神・軻遇突智命・経津主命・大国主命を配祀、あるいは合祀する。例祭は10月9日。湯立神楽が行なわれる。境内社に、倉稲神社・粟嶋神社・皇子神社・八代荒神社・中荒神社・荒魂神社・野津古荒神社・福神社・荒神社・荒神社・不動神社・八幡神社・貴船神社・四十三荒神社・星神社がある。なお、式内社「神野神社」の論社は他に、仲多度郡まんのう町に同名の神社がある。とあります。