松平頼重が定めた産土神。
杵築神社の特徴
杵築神社は大己貴命を祭る神社です。
松平頼重により是弘村の産土神となった歴史があります。
寛文年間からの伝統が息づく神聖な場所です。
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杵築神社。出雲大社と同じ御祭神でしょうか?この地に勧請された謂れを調べてみたいです。
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| 名前 |
杵築神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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本にこの神社がどのように紹介されているかを調べてみる__________❶【参考 長尾町史 1965年】杵築神社(1965年の本によるもの)[祭神] 大己貴命(おおなむちのみこと・国造りの神)・社記によれば、寛文年間(1661年~1673年)高松藩の藩主 松平頼重(よりしげ※1)1村1社の制を定めたとき、当社を是弘村の産土神(うぶすながみ)とした、とある。(領内各地の神社のうち、信者も少なく境内も狭く、祭りも十分おこなわれない小社を神職に命じて「寄せ宮」させた、という。)・宝暦5年(1707年)「元木_義太夫」、神主「三好_兵庫助」協議して社殿を改築す。・文化5年(1808年)「岩沢_只右衛門」神輿(みこし)寄進、および氏子 行幸用祭具を奉納す。・明治12年(1879年)熊山の山上を「御旅所(おたびしょ)」とした。※1 【長尾町史 1965年】には「松平頼聰(よりとし)」と誤表記されていたが、 【長尾町史下巻改訂 1986年】に「松平頼重(よりしげ)」と訂正されていた。「松平頼重(よりしげ)」は水戸黄門で有名な「徳川光圀(みつくに)」の兄である。[鎮座地] 造田大字是弘字川北[祭日] 10月17日(もとは旧9月9日)[境内坪数] 181坪。