歴史を感じる大麻比古神社のドイツ橋。
ドイツ橋の特徴
第一次世界大戦の捕虜が作った歴史的な石築アーチ橋です。
大麻比古神社の裏手に位置する、静かな雰囲気の小さな橋です。
欧米の人の手による西洋建築が鳥居と美しい組み合わせを見せます。
大麻比古神社境内奥側に所在する歴史ある石橋となります。県指定史跡となるその橋は、コンクリート等は用いられず、石一つ一つの精細な組合せによって見事に造られており、一見の価値有りです。現在は橋上の両手前に柵が設けられ通行は不可となっていますが、橋の正面は遊歩道となっており、間近に橋を見られる様になっています。橋下の水路には当日、水は流れていませんでしたが、長雨等の天候によっては水路を流れる川が見られそうでした。山間の木々や自然が豊かな場所となり、四季折々の美しい風景を堪能出来そうでした。尚、この場所より直ぐ手前に「心願の鏡池・めがね橋」も所在しています。
大麻比古神社の境内奥にあります。必ずお参りの際にセットで訪問いただきたいスポットです。第1次世界大戦で俘虜となり、この地にあった板東俘虜収容所に収容されたドイツ兵俘虜たちが、地元住民への感謝の気持ちを込めて築造した石橋です。ドイツ兵俘虜と地元住民との交流が感じられるエピソードです。
第1次世界大戦の際、中国の青島で捕虜となったドイツ兵953人が大正6年から9年までの間、大麻町桧の板東捕虜収容所に収容されていました。この間地元住民との間に 国境を越えた人間愛と友情 がめばえ、高い水準のドイツ文化が伝えられました。バターやチーズの製法。博覧会の開催、楽団による演奏会等地元の発展に大きく貢献しました。帰国を前に記念として日国の土木技術を生かし近くで採れる和泉砂岩を使ってドイツ橋が造られました。とても綺麗に保存されています。眼鏡橋より大きくて造るのは大変そうです。
大麻比古神社の境内にある歴史的な史跡です。第一次世界大戦中に中国の青島で捕虜になったドイツ兵が鳴門市の収容所に収容されていた際に日独の友好の証として作られました。その背景には捕虜でありながら、比較的自由に生活ができたことなどが挙げられるようです。全長9m、全横2.1m、高さ3.2m、総重量は約195tの石積アーチ橋。2004年には徳島県の史跡にも指定されました。大麻比古神社の本殿の裏側にあります。
第一次世界大戦時に上海で捕虜となり板東俘虜収容所に収容されていたドイツ兵が帰国を記念してこのドイツ橋を作成しました。大麻比古神社の裏手に位置し、めがね橋とセットで見学されることをおすすめします。アーチ状の橋は今は渡ることが出来ず、側面からの見学のみが許されています。
大麻比古神社の裏にあるドイツ橋。川の水が少なく流れがないので、橋もあまり雰囲気が出てないかもです。ドイツの建築技術が生かされ、友好の証としても作られたみたいです。でも、どこか昔の時代や異国を感じるので、写真撮る人も何人かいました。参拝のついでに、こちらも見てみてください。
神社の社の後ろ側にある庭園用の?小さな石組みの橋ですこのあたりで有名なドイツ橋はもっと奥にあります。
大麻比古神社の境内にある。第一次世界大戦時に中国の青島で捕虜になり日本に護送されたドイツ兵の収容所が近くにあり(今のドイツ村公園)、彼らが帰国する際に寛大な待遇への謝意を示すために建造したものという。大きな橋ではないが石組がなかなか美しい。日本百名橋にも選出されている。神社の境内には同じくドイツ人捕虜が造った池とめがね橋もある。阿波国一宮「大麻比古神社」を始め、付近には収容所関係の資料を展示する「ドイツ館」や収容所跡地の「ドイツ村公園」、「賀川豊彦記念館」、四国八十八箇所の第1番札所「霊山寺」など名所が多い。
大麻比古神社の境内にある、石築アーチ橋です。紅葉の時期には紅葉が紅く染まり、朱い鳥居といい組み合わせになっていてとても綺麗でした。
| 名前 |
ドイツ橋 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP |
https://www.pref.tokushima.lg.jp/sp/rekishiru/remains/5023235/ |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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歴史を、感じるスポットです。なんだか、当時の景色が目に浮かびました。