卍の神社、亀浦高架橋の下で。
瓶浦神社(おかめ様)の特徴
おかめさまが祀られている歴史ある神社で心を清められる場所です。
奈良時代に大瓶を献上しようとした船の故事があります。
亀浦と瓶浦の違いに興味を持つ訪問者が多い神社です。
やはり皆様投稿されていますが、神社なのに卍のマークがお寺みたいなのが気になりましたが、他の方の投稿でよく分かりました。大塚国際美術館のそばにありますのでお立ち寄りください。
神社に目立つ卍の紋がとても気になり訪れてみました。奈良時代のこと薩摩の国より朝廷へ献上品を輸送する船が鳴門を航行中、悪天候により転覆したとのことです。その後西暦715~-716年に海底より当時の献上品と思われる素焼きの大瓶を発見しそれを祀ったのが起源とされています。御祭神は大海龍王神のようです。大海龍王は海神でアワビを使い難を救う神と伝えられており信仰される方のなかには今もアワビを食べない風習が残っているといわれているそうです。神社ですが卍が残されていますが創建された当時は神仏習合(神様と仏様を一緒に祀っていた時代)でしたが明治に行われ神仏分離政策のときにも卍の紋を外さなかったのです。このようなケースは由緒ある神社であったり重要文化財等、国宝レベルの神社で残っていますが古くから受け継がれた住民の方々による強い意志で残されているとするならば素晴らしいですね。皆に愛されている神社であるように感じました。
朝のお散歩で、ん?お寺?卍だけど、神社?と、不思議に思い立ち寄りました。お賽銭を入れる扉の隙間から覗くと、何と!たくさんの家紋が!
亀浦高架橋の下に鎮座されています。広くて綺麗です、ここでも見つけましたコントラストが綺麗な家紋の天井、壁 いろいろな家紋が黒地に白で書かれており 知らない家紋も沢山ありました。
旅行中にふらっと立ち寄りました。手水舎や社殿の上に卍(これの右回り)紋が、飾られてるのでお寺さんと関わりあったのかなーと思ってたら、その後に徳島城内の博物館で卍紋(左回り)は、城主の蜂須賀家の家紋だと知りました。しかし神社に飾られてる神紋は逆周りなので、蜂須賀家とは関係ないのかなと思い展示物を見てました。館内には、左卍紋が描かれた瓦が展示されてました。また、同じく館内の「徳島藩参勤交代渡海図屏風」に描かれていれる舟の帆にも卍紋が描かれてたのですが、なぜか右回りと左回りの両方描かれてました。帆が風に靡いて裏返ったというわけでもないようです。大きな舟が右まんじっぽいので藩主の舟と他の船を区別してたのかな?わかりませんが。蜂須賀家が右卍も使われてたのなら、こちらの神社も蜂須賀家と縁がありそうですが謎ですね。
鳴門のうずしおを見に行く途中で変わった神社を発見し参拝させて頂きました。瓶浦神社…びんうら?、かめうら神社と読むんだ!漢字って難しいなと思いながら参拝、境内社などはなく社殿と手水舎のみでしたが、社殿の中を拝見すると色んな人家紋が飾ってあり、見ごたえがありました!
ご祭神:おかめさま(大海竜王神)奈良時代に薩摩から素焼きの大瓶を朝廷に献上しようと船で運んだところ船が転覆。それからずいぶん後に海中から大瓶がみつかり、引き上げてご神体として祀っているとある。こういう話をしると八百万神の発祥がわかっておもしろい。海上安全、豊漁などを祈願。後ろに高速道路が見えて複雑な景色になってるけど、気持ちのいい神社です。
心を清めましょう✨適当に‼️観光しましょう😁
亀浦と瓶浦の違いは、どんな由来から変わったのでしょうかね❓️❓️そもそも変わってないのかもしれませんが。
| 名前 |
瓶浦神社(おかめ様) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大塚国際美術館の前にある神社さま 高速バスを待つ間にお参りしてきました。 瓶に由来あるのでこのお名前があるそうです。頭上には本州とつながる高速道路がかかって景観を損ねていますが、目の前には島々浮かぶ瀬戸内海が広がってそれを帳消ししています。