ジゲ浜展望台で味わう、日本海の絶景。
西出 朝風の碑の特徴
日本海の美しい景色を楽しむことができます。
西出朝風の碑からの海の眺めが絶景です。
海岸近くに位置しており、訪れる価値があります。
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海の景色が綺麗です。
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日本海が広がっています😃
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| 名前 |
西出 朝風の碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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西出朝風(にしでちょうふう)の碑は、加賀市橋立町のジゲ浜展望台にひっそりと立つ、小ぶりながらも味わい深い歌碑だ。この碑に刻まれているのは、朝風自身が昭和6年(1931年)に詠んだ短歌広重の藍よりすこし濃い色の故郷の海に逢うたけれどもという一句。江戸の浮世絵師・歌川広重が描いた深い藍色の風景画を思わせながらも、自分が故郷である橋立の海に感じる懐かしさと郷愁を、より鮮烈に表現したものだ。朝風は明治18年(1885年)に石川県江沼郡大聖寺町(現・加賀市)で生まれ、本名を西出一(にしでつかさ)という。橋立町出身の父・孫一は北前船の船主であり、この町に縁の深い家柄だ。慶應義塾に学んだ朝風は若い頃から文学に目覚め、特に短歌の世界に新風を吹き込んだ人物だといわれている。1901年(明治34年)、わずか16歳の頃に口語短歌を創作し、雑誌『ミドリ』に掲載され注目を集めた。当時はまだ文語体の和歌や短歌が主流であり、彼の口語短歌は新鮮な響きを持って文壇に衝撃を与えたとされる。後年には短歌誌『新短歌と新俳句』(大正3年)や『純正詩社雑誌』(大正11年)を創刊し、口語短歌運動を積極的に推し進めた。著名な竹久夢二との交流もあり、その影響からか叙情性豊かで感傷的な作品を数多く残している。歌集『半生の恋と餓』や『少年の歌』などには、そうした彼の詩情あふれる歌風が色濃く表れている。そんな朝風が故郷の橋立に寄せる想いを刻んだ碑が、このジゲ浜展望台に建てられたのは平成18年(2006年)のこと。地元の有志や住民が中心となり、町を見守るように建てられたという。この場所が選ばれた理由はもちろん、碑の背景に広がる日本海の絶景だろう。ここから眺める海は、まさに彼が詠った通り、広重の藍よりもさらに深い色をたたえているように見える。碑の前に立つと、橋立という町がかつて北前船交易で栄えた歴史を感じさせると同時に、詩人が抱いた海への想いが自然に伝わってくる。橋立の町自体も、この碑と深くつながっている。江戸後期から明治期にかけて北前船主の集落として栄え、豪壮な船主屋敷が連なる町並みは、2005年に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。なかでも明治9年(1876年)に建てられた「北前船の里資料館」は、北前船交易の歴史を今に伝える重要な文化財だ。当時の船主・酒谷家の屋敷をそのまま活かしているため、豪華な屋敷構えや蔵など、当時の船主たちの暮らしを目の当たりにできる貴重な施設になっている。橋立にはこのほかにも、重要文化財に登録されている「蔵六園」や、天保期に建てられたとされる忠谷家住宅など、北前船の栄華を感じさせる建物が点在している。短歌碑を訪れた際は、これらのスポットを巡ることで、橋立町の歴史的な厚みをより深く感じ取ることができる。西出朝風の碑は単に詩人を偲ぶだけの場所ではなく、加賀・橋立が北前船の交易で築いた独特の文化と、そこで育まれた詩情を味わうことができる特別な史跡だと感じる。故郷の海を、藍色より深い色で詠った詩人の心に触れながら、目の前に広がる橋立の海を眺める時間は格別だ。かつての北前船が往来した海に思いを馳せつつ、朝風の刻んだ歌の世界に静かに浸るのもいいだろう。橋立を訪れたら、ぜひ立ち寄りたい碑である。