越中三大山城の魅力、増山城!
増山城跡の特徴
安室屋敷跡の近くで歴史を感じることができます。
深い堀切が印象的な美しい曲輪です。
周囲の景観と調和した静かな場所となっています。
11月の初旬、やや冷ややかな日に攻略しました。山城ですが、やや緩やかな道のりです。道が枝分かれしているので、増山陣屋で地図を手に入れてからの見学をおすすめします。また、道中に鐘が設置してありますので、クマ対策に鳴らしましょう。増山城跡から少し離れたところでクマの目撃があったそうです。
越中3大山城の1つ。増山陣屋跡の無料駐車場(トイレあり)に停めて散策開始。登城口の冠木門から整備された登城路を登り散策。遺構も良い状態で残り、行先表示や案内板も要所要所に有り管理されてる。散策前に砺波埋蔵文化財センターに立寄りパンフレットを入手すると便利(休館日でも入手可能日本100名城スタンプも)山城なので熊鈴も忘れずに!
越中三大山城の一つ神保氏や上杉、織田勢により争われた重要な城跡一部曲輪や竪堀は見にくくなっているが近隣住民の努力により非常に見やすく整備されているが各曲輪は巨大な堀切で区切られているのが特徴的だった。
標高100mちょっとなのに3月に来たら雪深くて立ち入れず城攻め断念。7月再度城攻めするものほんの数分で汗ダクでした💦山城の規模としては中程度ですが、地形をうまく活かした細工が施され、攻め込まれた時の仕掛けが見どころですね。
2025.3.22登城続日本百名城ですが神保氏の城で落城しまくって城主もコロコロ変わっている事から超マイナーな城。続日本百名城に指定されているだけあって流石に遺構の見所は多く、戦国期の典型的な山城を堪能出来ます。ただし、建築物や石垣がある訳ではないので興味のない人にはただの山。山城に分類されていますが、個人的には平山城の感覚。主郭に到達するまでも登城道は基本的になだらかなので難易度は低いです。大軍に攻められると耐えられない事も納得。自治体もそこそこ力を入れて整備してます。「とやま城郭カード」なるものを作り砺波市に人を集める努力をしています。ただ歴史的ストーリーが弱いのでコレが限界か。でも城の遺構は素晴らしいです。
R6.8.13登城夏でしたので草はかなり伸びていましたがそれでも遺構はしっかり見れましたので楽しめました。入り口から最初のF郭、一ノ丸まではずっと上りになります。大まかなところをまわって1時間ちょっとくらいでした。駐車場の増山陣屋に自販機がありますので不安な方は水分を持って。降りてくる途中、黒い物体とお互い見つめ合う。カモシカがいました。一瞬ドキッ!となりました。
越中の豪族神保氏が築いたとされる山城。越中国では戦国初期、神保、椎名、遊佐の三家が争う激戦地帯であった。加賀の冨樫氏を倒した一向一揆衆が次第に越中へ圧力をかけるようになっていき、ついに遊佐氏は能登畠山氏へのへの亡命を余儀なくされた。越中西部の瑞泉寺をはじめ、一向一揆は越中でもどんどんと拡大していった。そんななかでも神保氏は椎名氏と新川郡を求めて戦を続け、婦負郡らを制圧した。だが、神保氏は越後の長尾氏を後ろ盾にした椎名氏に苦戦。結果神保氏も椎名氏も長尾氏の下に下り、その後越中は長尾景虎が統治した。その後長尾景虎改め上杉謙信が没すると上杉家の後継者争いである御館の乱が勃発。勝利した上杉景勝が家督を継いだが家臣たちをまとめられずその隙に柴田勝家率いる数万の織田軍が越中に侵攻。富山、増山などを次々と落としていき、魚津城を占拠して織田軍は自国へ戻った。(魚津城の戦い)織田領になると佐々成政が越中を治めた。本能寺の変で織田信長が亡くなると佐々成政は柴田勝家とともに羽柴秀吉と対立。賤ヶ岳で柴田勝家は敗れ、北ノ庄城でついに自害。佐々成政はそれでも秀吉に従わず抗戦の構えを見せた。結果羽柴秀吉は佐々領へ侵攻したが佐々成政はここであっさりと降伏。(富山の役)その後加賀、能登を治めていた前田利家のもとに越中も入った。その後は前田家臣が入り以後富山藩の食糧、武器庫の役割として増山城は使われたという。この城は大きな曲輪が乱立しており、いたるところで曲輪が見られる。本丸に近づくにつれて道は複雑になっていく。本丸には天守台の跡も残り見応えある山城だ。所要時間はじっくり見ておよそ1時間半〜2時間。是非行ってみてほしい。
越中3大山城の1つで続100名城の1つの増山城です。元々、この地は和田とも言われていて和田城と南北朝時代の史料にみえるのが増山城の初見とされています。戦国時代には越中守護畠山氏の守護代神保氏の城として機能していました。この地は一向一揆勢、越後の長尾氏との境界であり1560年、上杉謙信が攻め込むと神保長職は富山城を放棄して増山城に移りましたが上杉謙信の度重なる侵攻をうけ1576年に増山城は落城しました。その後、織田信長が北陸を侵攻、1581年に増山城は焼き払われ信長配下の佐々成政の越中平定後、増山城は居城となります。その後は一国一城令により廃城となりました。行ったのが5月も終わりで草がぼうぼうに生えていて遺構が見えづらかったですが堀切、土塁等中々見応えのある山城です。次は1月か2月ぐらいに行ってみたいです。
続だけど百名城に負けず劣らず、出色の山城だと思います!主郭たる二の丸までの山道=七曲りを登って行きました。ふと開けると、一ノ丸、二の丸、三の丸などが集まる中核部分、堀切がいい仕事をしています。又兵衛清水、石垣、鐘楼櫓や土塁、鐘楼郭、大堀切、馬洗の池、安室屋敷、などなど見どころポイントがたくさんあって楽しめる。あっという間に時間が過ぎてしまいます。それと各ポイントには、あの城好きマニアの春風亭昇太の解説がついていてQRコードを読み込めば、その場で昇太の解説が聞けます。これはなかなか良い趣向だと思いました。まるでボランティアガイドさんの説明を聞いているようで、good😉👍️✨。山城好き、「土の城」好きには堪らない造作、土木工事が随所に見られますね。昇太もやはり「土の城」好きでした。
| 名前 |
増山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0763-33-1609 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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山城の魅力がつまっています。道は前日が雨だったのか少し道が湿っていましたが歩くには問題なく歩きやすかったです。熊がでたとのことで熊に怯えながら二の丸までしか見られませんでしたがそれでも山城の迫力を楽しめました。