歴史深い二社を巡る。
日前神宮・國懸神宮の特徴
日前宮は、全国唯一の二つの神宮が同じ境内にある珍しい場所です。
和歌山県に位置し、紀伊国一宮として歴史的な価値を持つ神社です。
静謐な雰囲気が漂う中で、幻想的な参拝体験が楽しめます。
2026年1月上旬。無料駐車場、お手洗いあり。神宮と冠する数少ない神社。(分かりにくい表現ですが)境内の道は『漢字の「日」を90度回した形』になっています。鳥居から真っ直ぐ進み、突き当たりを左に『日前神宮』、突き当たり右に『国懸神宮』が鎮座されています。その(左右の)道中、摂末社が三社ずつあります。(大変失礼な表現なのですが)日本刀で例えるなら真打『八咫鏡』が完成する前の、『日像鏡(ひがたのかがみ)』と『日矛鏡(ひぼこのかかみ)』が御祭神。段階を経て完成度が高まっていったトップ3の鏡の2つが祀られているということで、(伊勢の)神宮に対し、裏神宮とおっしゃる方もいらっしゃるとか。少し荒れた感じのある境内の一部は、手を加えてはいけないということなのでしょうか。また、燈篭の土台跡のような石や、遥拝所らしき場所も気になりました。素敵な神社です。ありがとうございます。
紀伊国一の宮の日前神宮(ひのくまじんぐう)、國懸神宮(くにかかすじんぐう)。2社が境内一体となっております。正面から入り、左が日前神宮、右が國懸神宮。御朱印も2社で1枚でした。公式HPの御由緒より建二千六百餘年を溯る日前神宮・國懸神宮は、同一境内に座します二社の大社をなしております。日前神宮は日像鏡(ひがたのかがみ)を御神体として日前大神を奉祀し國懸神宮は日矛鏡(ひぼこのかがみ)を御神体として國懸大神を奉祀しております。神代、天照大御神が天の岩窟に御隠れになられた際、思兼命(おもいかねのみこと)の議(はかりごと)に従い種種の供物を供え、天照大御神の御心を慰め和んで頂くため、石凝姥命(いしこりどめのみこと)を治工とし、天香山(あめのかぐやま)から採取した銅を用いて天照大御神の御鏡(みかがみ)を鋳造しました。時を同じくして鋳造された天照大御神の二体の御鏡が、日前國懸両神宮の御神体として奉祀されたと『日本書紀』に記されております。天孫降臨の際、三種の神器とともに両神宮の御神体も副えられ、神武天皇東征の後、紀伊國造家の肇祖に当たる天道根命(あめのみちねのみこと)を紀伊國造(きいのくにのみやつこ)に任命し、二つの神鏡を以て紀伊國名草郡毛見郷の地に奉祀せられたのが当宮の起源とされています。その後、崇神天皇五十一年、名草郡濱ノ宮に遷宮され、垂仁天皇十六年には名草郡萬代宮すなわち現在の場所に遷幸され、永きに渉り鎮座の地として今に至っております。爾来、天道根命の末裔である紀氏(きいし)によって歴代奉祀され、両神宮の祭神が三種の神器に次ぐ宝鏡とされたために、伊勢の神宮に次いで朝廷からの崇敬も篤く、延喜の制には両社とも明神大社に列し、祈年(としごい)、月次(つきなみ)、相嘗(あいなめ)、新嘗(にいなめ)の祭祀には天皇から幣帛(御供)を賜るほどでありました。また古くから紀伊國一之宮として一般の人々からも崇敬をあつめ、両神宮の総称を「日前宮」(にちぜんぐう)とし、親しみをもって呼ばれています。戦国時代におきましては、豊臣秀吉の天正の兵乱により境内荒廃、社領没収の憂き目に逢いましたが、徳川の時代に入り紀州藩初代藩主、徳川頼宣(とくがわよりのぶ)が入国されるや社殿を再興され、明治四年太政官布告による神格の制が治定されると、官幣大社(かんぺいたいしゃ)に列し、敬神崇祖の大義を示すことと相成りました。大正八年の国費による境内建物すべての改善工事によって旧観は一新され、大正十五年三月の完成をもって現在の姿となっております。
境内は撮影禁止だったので撮っていませんが、街中の荘厳な雰囲気の神社です。鳥の鳴き声が聞こえていて、とても心が落ち着きました。
あまり全国的には知られてはいないけど歴史も古く由緒正しき神宮です。神域は撮影禁止になっておりました。
和歌山市秋月に鎮座し、同一境内に二社(日前神宮・國懸神宮)を擁する由緒深い神社群。創建は二千六百年以上とも伝わり、『日本書紀』の神話に登場する鏡「日像鏡」「日矛鏡」が御神体とされています。  紀伊国一宮、旧社格は官幣大社という格式を持ち、古くから国家に関わる神域として崇敬されてきました。  境内は樹木に囲まれた荘厳な雰囲気があり、神気が強く感じられる場と言われることも多く、参拝には静かな気持ちで向かうとよいでしょう。ただし神域(つまり本殿周り)は写真撮影不可です。交通も良く、和歌山電鉄「日前宮」駅から徒歩1分程度とアクセス良好です。 
紀伊国一宮です。御朱印は書き置きのみでした。御朱印に同封されていた御由緒が古文書のような書き方をされていて、ほとんど意味がわからなかったので、AI にわかりやすい文章に直してもらいました😅⛩️ 日前神宮・國懸神宮(日前宮)の由緒と歴史. 御神体と天照大神この神社は、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸にお隠れになった時のお話(神話)にルーツを持ちます。神様を岩戸から出すために造られた鏡のうち、伊勢神宮の八咫鏡(やたのかがみ)と同じくらい重要とされる鏡が、日前神宮の「日像鏡(ひがたのかがみ)」と國懸神宮の「日矛鏡(ひぼこのかがみ)」として祀られています。この鏡をご神体として、日前大神・國懸大神を祀っています。. 神社の始まり初代天皇である神武天皇の時代に、天道根命(あまのちみちのみこと)という神様の子孫が、この鏡を祀るよう命じられ、紀伊国造(きいのくにのみやつこ)として代々お祀りしてきたのが始まりです。そのため、伊勢神宮と並び、特別な神社として朝廷から崇敬されてきました。. 荒廃と再建戦国時代、天正年間(1573〜1592年頃)に豊臣秀吉の紀州攻めなどで境内が荒れ果てました。その後、江戸時代の藩主徳川頼宣(とくがわよりのぶ)の時代に、社殿の再建や修復が行われました。しかし、当時の広大な敷地と比べると、現在の境内はかなり狭くなっています。. 近代の整備明治4年(1871年)に国の制度で官幣大社という高い社格が与えられました。また、大正15年(1926年)3月まで約8年間かけて、境内の建物すべてを新しくする大きな改修工事が行われました。
ひのくま神宮・くにかかす神宮とお読みする紀伊國一之宮。鳥居をくぐり、つきあたりの左に日前神宮、右に國懸神宮が鎮座されています。日前神宮は日像鏡(ひがたの鏡)を御神体として日前大神をお祀りし、國懸神宮は日矛鏡(ひぼこの鏡)を御神体として國懸大神をお祀りしています。神武天皇2年の創建で大変歴史が古く、ご由緒には、天孫降臨の際に三種の神器とともに両神宮のご神体(2つの鏡)も副えられていたとのこと。神話までご由緒が辿れるというのはすごいお社です。
和歌山電鉄日前宮駅から徒歩5分くらいにある神社。境内に日前宮と國懸神宮がある珍しい神社。686年くらいに建立されているが、現在境内にあるのは1919年に一新されたもの。入場料不要、御朱印アリ。境内は神聖な雰囲気はあるので、行く価値はあるかと。
駐車場200円書いていたのに参拝者無料〜って ??200円は係の人も居たのに?です神社内はええ雰囲気です厳かな気持ちになりました。
| 名前 |
日前神宮・國懸神宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
073-471-3730 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 5:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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一之宮境内撮影禁止御朱印書き置き駐車場無料でした(入口には駐車場料金300円と書いてありましたが無料でした。200円?だったかもです)駐車場までは開かれた感じのする佇まいでしたが鳥居をくぐると一之宮らしい厳粛さです。