八咫烏命が宿る矢宮神社で、ご利益を感じて!
矢宮神社の特徴
賀茂建津之身命を祀る神社で、八咫烏の信仰が深いです。
駐車場が境内そばにあって、アクセスが便利で助かります。
毎年恒例の夏祭りは、七月十二、十三日に賑わいます。
八咫烏や雑賀衆の由縁があるところを観光しているときに寄らせていただきました。社向かいに無料駐車場があるので、御朱印もいただきゆっくり参拝出来ました。
なかなか雰囲気のある神社です。
八咫烏の神様がおられる神社さんです⛩️子どもの安産祈願とお礼参りで今の所2度、自分が子どもの時からの氏神様で何回もお世話になっています😚😚😚神社は普段から綺麗にされてるのか不快感を覚えることは全くありません。🐻駐車場は神社の敷地内に停める事もでき、敷地外にもパーキングがあるので年末年始の混む時でも比較的停めやすいところがありがたいです☺️☺️熊野三山の八咫烏の神様を祀っている神社さんなのでめちゃくちゃスゴい神社な感じがします!完全感覚ドリーマーみたいな感想ですが🖐️自分の住む場所が氏神様でも、そうでない方もおすすめの落ち着いた雰囲気の綺麗な神社さんです🐻
他の方が駐車場について書いてくれてたので、すぐに分りました。有名な神社とは聞いていたけれど、八咫烏もここでとは知らず来させていただきました。
駐車場(無料)は神社の南側の道路の向かいにあります。神社の西側の道路から境内の中にも数台駐車できそうです。トイレは分かりませんでした。
引っ越しして来た所の氏神様を調べて、矢宮神社を知り参拝させて頂きました。落ち着いた空気のいい所でした。
御祭神 賀茂建津之身命はまたの名を八咫烏命とも言われる。絵馬、御朱印にも八咫烏があります織田信長による雑賀攻めで社殿を喪失したが、江戸時代に入って徳川頼宣が紀州藩主になると、寛永14年(1637年)に再興され、以来明治維新にいたるまで、紀州藩主からの崇敬も篤く、社殿の復興が続いた。ご由緒書きより。
御祭神 賀茂建津之身命はまたの名を八咫烏命とも言われる。絵馬、御朱印にも八咫烏があります織田信長による雑賀攻めで社殿を喪失したが、江戸時代に入って徳川頼宣が紀州藩主になると、寛永14年(1637年)に再興され、以来明治維新にいたるまで、紀州藩主からの崇敬も篤く、社殿の復興が続いた。ご由緒書きより。
秋葉山の西方の住宅街にあるジンジャ・シュライン。創建は古いようだが詳細は不明。ご朱印あり。
| 名前 |
矢宮神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
073-444-0668 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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この地域に在住、氏子として、今年も、新年のお詣りをさせて頂きました。初詣は、毎年多くの人々で賑わっています。主祭神は、賀茂建津之身命(かもたけつのみのみこと)、またの名を八咫烏命(やたがらすのみこと)。神武天皇が東征途中、紀伊国熊野から大和国に向かう際、紀伊山地の山々に阻まれ、進退きわまったとき、八咫烏命が、天照大神、高木大神の神勅を奉じて馳せ参じた。そして大烏の化身となって飛翔し、神武天皇に進むべき道を示したといわれている。大和国に向かう途中にて、八咫烏命は勅命を奉じ、天皇の使いとして、皇軍に敵対する地域の豪族に降伏を勧め諭した。神武天皇即位の際に、その勲功を大いに褒賞されたといわれている。天正5年(1577年)、織田信長による雑賀攻めの兵火により、社殿や古文書等を焼失した。雑賀荘の産土神であり、織田信長の紀州攻めに徹底抗戦した雑賀衆ゆかりの歴史的背景がある神社である。織田信長による雑賀攻めで社殿を喪失したが、江戸時代から明治維新に至るまで、紀州藩主からの崇敬が篤く、社殿の復興が続いた。地元の神社といった雰囲気だが、歴史的背景があり、雑賀衆ゆかりの地として観光の際、訪れる人がいる。また、初詣は、旧雑賀庄エリアの氏子が多数、お詣りに訪れて、賑わっています。