神武天皇の兄が眠る神秘体験。
竈山神社の特徴
旧官幣大社として、歴史的な役割を果たす竈山神社です。
参拝者を魅了する、彦五瀬命の陵墓が境内にあります。
古事記に登場する神武天皇の兄を祀る、由緒ある神社です。
グーグルマップさんで参拝駐車場にセットするとスムースなナビゲートを得られました。詣でて良かったと思える”かむやしろ”でした。五瀬命。賀茂御祖神とヤセ姫の子。カンタケ(神武)さん、イナイイさんとは異母兄弟。ミケイリさんは、タマヨリ姫の処女懐胎による継子で義弟。※ヤセ姫=賀茂御祖神の子を産む母として、コヤネさんの占いによって選抜されたという大宮姫。15ヶ月間身ごもり、イツセさんを生むも産後まもなく絶命した悲運の姫。天君御祖神が九州に御幸することになり、近江の都(多賀の宮)を預かるに至ったイツセさん。天君は長男五瀬命を「多賀皇君」に任命。※多賀皇君=都・多賀の主君=五瀬命多賀皇君に左右臣オシクモ(コヤネの子)さんとクシミカタマ(五代大物主)さん侍らせ、弟タケヒトの守役にアメタネコ(オシクモの子)さん、イワクラ(三代大物主コモリ13男)さんを多賀宮内局預かりに配置し、イツセ政権をスタートさせます。やがて長髄彦の乱が勃発。左右臣が矢面に立ち、イツセさんは一旦筑紫にいたタケヒトさんの元へ緊急避難。ナガスネの乱鎮圧とアスカ国併合を見据え蜂起したタケヒト東征軍に伍し、Uターンして長髄軍の陣取る山崎の関へ。オシクモ・クシミカタマ連合軍によって、京都南部より大阪・河内まで後退させられていたナガスネ軍。淀川沿岸上陸後、切り込み隊長を買って出たイツセさん。しかしながら、一騎当千も生駒山の孔舎衛坂(クサエサカ・大阪から奈良にかかる峠)の激戦で肘を射抜かれ負傷。よくよく考えれば、日(アマテル)の子孫が日に向かって(東を向いて)戦うのはいかがなものかと踵を返し、這々の体で一旦大阪・八尾へ撤退。八尾で勝利を別雷大神に祈願したのち、東征軍は船で茅渟山城(大阪・泉南市樽井)へ。肘を射抜かれ肩で息するイツセさん。兄弟達に抱えられ、茅渟山城(茅渟神社)の地で息を引き取ったようです。イツセさんの遺体は稚の国・竃山まで運ばれ、葬られたといいます。途中、紀州の守、名草戸畔(ナクサノトヘ)が、この埋葬を拒んだようですが、無事埋葬を終え、イツセさんの無念を背負い東征軍は海路、狭野(和歌山・新宮市佐野)へ向かったと伝わります。そして黄金鵜の鳥(コカネウノトリ)が現れるわけです。神武東征軍とナガスネ軍がいよいよ対峙したおり、忽然と激雨が両軍を襲います。止むと黄金の鵜が飛来し、弓に留まると眩く光り輝いたといいます。この光景に両軍共々戦意喪失。どちらからともなく話し合いが始まり、羽羽矢璽と尊璽のシーンが始まったようです。イツセさん、生きて戦いを全うしたかっただろうな。境内で想像が遠くまで及びました。トイレありました。
旧官幣大社である竃山(かまやま)神社。和歌山駅からレンタサイクルで行きました。御朱印、紙でいただきましたが、半紙留め(折紙)がついていました。【和歌山県神社庁HPからの由来】御祭神の彦五瀬命は、第一代神武天皇の皇兄に坐し、大和平定の途中、孔舎衙坂で長髄彦の軍と戦い、流れ矢に当たり給いて戦傷、雄水門に至りて遂に崩御遊ばされ、竈山の地に葬られ給う。今の社地は即ちその遺跡で、延喜式の神名帳に「紀伊国名草郡、竈山神社」と記され、古くから官幣に与る皇室御崇敬の大社であり、天正年間まで社領8町8段を有したと伝えられている。往古は社殿も宏大にして現地か東南山麓に鎮座し給うたが、戦乱の世を経て社頭衰微し、徳川氏の入国後、社殿を再興した。明治18年、官幣中社に列せられ、大正4年、官幣大社に昇格、昭和13年には国費及び崇敬者の献資を以って社殿を造営し、境内を拡張して現在に至っている。寛政6(1794)年冬、国学者 本居宣長はこの社に詣でて「をたけびの かみよのみこゑ おもほへて あらしはげしき かまやまのまつ」と詠んだが、竈山の岩根に鎮ります神霊は、日本の国の行手を永久に譲り給い、導き給うことと拝し奉る。
【子宝の神カモ❣️】こちらで結婚式を挙げさせていただきました!結婚式場でやるなんちゃって神前式とは比べものにならない厳かな雰囲気があります。やはり本物の神社での式は良いです‼️和装したい方は、是非ここで‼️指輪交換や写真撮影タイムなども許していただき、今どきな部分もあって素晴らしいです。写真撮影禁止の神社もある中、ありがたいです。ちなみに、この神社で初詣をした時に子宝祈願をしたところ、すぐ妊娠できました‼️性別や健康面の願いも全て叶えていただき、こんなに強い力を持つ神様は他にいないのでは?と思うほど。やはり人気な神社なだけあって、初詣参拝には30分ほど並ぶこともあります。色々とご縁のある神社です。皆さんもここでお参りをすれば、良い縁を結んでくれるカモ⁉️お礼参りもきちんとしていますよ🎶これからも毎年お世話になります‼️
神武天皇のお兄様を祀っている神社。初詣はかなり並びます。
2025年12月に西国三社参りで訪問。御朱印集めをしている方はもちろん、これから御朱印集めをしようと思ってる方にもオススメしたい神社です。御朱印を書いてもらった後に滲み防止の半紙を御朱印帳に挟んでもらう事は多々あれど、その半紙がズレない様に半紙留め(折紙)をつけてもらったのはこちらがはじめてです。昭和初期から始まったとされる旅行の記念に御朱印集め。特に決まった作法もなくかなりマイナーな日本の風習・文化なのですが自分の御朱印帳をここまで丁寧に扱ってもらえるなんて考えもしませんでした。竈山神社のおもてなしの心に正直震えた。感動した!行って良かった竈山神社。\(^ω^)/
和歌山市和田に位置し、彦五瀬命(初代天皇=神武天皇の兄)を御祭神とする神社。『古事記』『日本書紀』にも記される古社で、式内社「紀伊国名草郡 竈山神社」としても列記されています。  参道を進むと豊かな緑に包まれ、古墳(竈山墓)も併設されていて、比較的「やわらかな神気」が感じられる場所として知られています。  主に国家安泰・五穀豊穣・縁結びなどの祈願が挙げられ、地域でも落ち着いた信仰を集めています。
とても気持ちよく参拝できる神社です。和歌山市三社巡りの一つでお参りしました。いい気が漂っています。
日前神宮・國懸神宮及び伊太祁曽神社と西国三社参りを構成する神社ということで参拝。ウェブサイトが無いので東国三社でいう息栖神社のポジションと思って行ってみたらなんと旧官幣大社!拝殿も非常に勇壮な作りで見応えがありました。格式の高い神社でありながら参拝客が少なく、また森に囲まれた静寂な地に鎮座しており快適でした。直書きの御朱印が拝受できます。
旧官幣大社。市内にある日前神宮・國懸神宮、伊太祁曽神社と併せて参拝する三社参りでも知られます。駐車場は神社南側の道路を東に進み、信号手前あたりから出入りする事ができます。綺麗に整備された参道を通り、神門を経て拝殿へと進む過程は心が洗われるようです。普段の参拝客は少なく静かですが、すぐ隣にグラウンドがあるので昼間は子供達の声で賑やかな時もあります。新生児をはじめ、社名や店名などの名付け・改名を依頼される方もいらっしゃるようです。神社のホームページで紹介されておりましたので、気になった方は一度ご覧になられると良いと思います。大鳥居は神社東側の道路を北にしばらく進んだ所にあります。また、境外摂社に式内社の静火神社(しずひじんじゃ)があり、参拝された方はこちらで御朱印をお受けする事ができます。
| 名前 |
竈山神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
073-471-1457 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 6:00~20:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
雰囲気的にパワーを感じられる場所でした。伊勢神宮に近いパワーな雰囲気です。静かに見ることが出来ます。トイレは、2月初めだったのですが女子トイレが暖かく男子トイレが冷たかったそうです(^◇^;)