蛙寺で小林一茶と共に。
炎天寺の特徴
炎天寺は小林一茶に縁のある古刹で、訪れる価値があるお寺です。
毎年11月に開催される一茶まつりの奉納蛙相撲は必見のイベントです。
境内には福蛙や瘦せ蛙の銅像があり、カエル好きにはたまらないスポットです。
駐車場は狭いけどお参りが出来て良かったです、一茶の記念碑が有り良かったです、見上げたら何処に行くのか旅客機が見えました。
源義家の故事に関わる寺名が印象的な真言宗豊山派の寺院。山門は幕がかかり風流な雰囲気。境内は広くないが小林一茶像・やせ蛙の俳句に因んだ蛙の像など見所がいくつかあり。すぐ隣には習合関係にあった六月八幡神社が鎮座している。近くに駅もバス停もない場所だが参拝者用の駐車場が6台分あるので車での参拝が便利です。
数年前に竹ノ塚駅を歩いた際、このマンホールを目にしてから、いつか訪れてみたいと思っていました炎天寺さん一茶兄さんに応援されたら負けられませんねw
真言宗で本尊を阿弥陀如来。西新井組中川通四箇領八十八箇所88番札所です。結願の地ですね。すぐとなりが六月八幡神社と併設されていますがその歴史は古く、源義家の戦勝祈願の折に建立されました。(1056年)また小林一茶の縁の地で、よく寺の周辺を散策していたと言います。一茶の時代の源氏って今の時代より情報もあったでしょうか?謎の日本語。蝉泣くや 六月村の 炎天寺やせ蛙 負けるな一茶 是にありの句碑もあります。俳句寺や蛙寺などとも呼ばれています。
寺の名前に惹かれ、梅雨の合間の日照りの日に参拝しました。ここは俳人の小林一茶ゆかりの寺だそうです。かえるの置物がいたるところにあり「かえるのお寺」とも呼ばれているそうです。15歳で北信濃の柏原から江戸に奉公に出て、俳諧人として名をあげ読んだ有名な句がこの場所ゆかりとは知りませんでした。・やせ蛙まけるな一茶これにあり・蝉なくや六月村の炎天寺当時は日光道中の千住宿を過ぎて、竹ノ塚村に入る手前の六月村。電車も車も無い時代に江戸からここまで度々足を運んでいたなんて、徒歩で行ける距離感が現代人とは違いそれ程遠くも無かったのでしょう。俳句はほとんど分かりませんが、知っている一茶の句は素朴で弱いもの目線で読んだものも多く、意味が分かりやすくほのぼのと共感のもてる作品が多いですね。
前九年の役のとき源頼義・義家が創建したという隣の六月八幡神社と共通の創建縁起をもつお寺です。また、小林一茶の「蝉鳴くや六月村の炎天寺」などの句を詠んだ縁で、毎年11月に一茶まつりが開かれ、俳句のコンクールなども併せて実施されています。この関係で投句箱がお賽銭箱の横にあります。境内は広くはありませんが開かれたお寺という感じをうけます。お守りや祈願の護摩木などはおいてあるものを自分で取って、代金分を自分でさい銭箱に納めるシステムです。
由緒あるお寺、今年も無事に行くことが出来ました。お寺なので隣にはお墓があります。正月限定の金色の鈴、昔は正月をだいぶ過ぎても購入出来たけど2023年の1月中に行った時には完売してた。
書置きの御朱印をいただきました天喜年間(1053年 - 1058年)に開山した。前九年の役出征のために当地を通りかかった源頼義・義家父子の軍勢が賊に遭遇して苦戦した際、八幡神に戦勝を祈願して勝利を得ることができた。そこで、旧暦6月の出来事だったことから村名を「六月村」、源氏の旗(幡)が勝ったことから山号を「幡勝山」、祈願が成就したことから院号を「成就院」、炎天続きだったことから寺名を「炎天寺」とした。また、八幡神を祀るために当寺の隣りに六月八幡神社を創建し、その別当寺となっていた。そういう経緯もあって寺と神社を分ける塀は途中で切れており、事実上境内が一体化しているとのこと。
カエルが沢山いて、妙な温かさを感じます。幸運ご利益、頂けそうです。大きなカエルを探して下さい。幸運の目印です。
| 名前 |
炎天寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3883-0787 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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八幡太郎義家が奥州征伐の折、旧暦六月の「炎天下」で当地の野武士と戦い、勝利したことを記念し、八幡神社と併せて建立したお寺とのこと。明治以前は普通だった、同じ境内に寺と神社がある形式。俳人小林一茶ゆかりのお寺で、毎年勤労感謝の日には投句イベントのほか、当地で詠まれた「やせ蛙負けるな一茶是にあり」の句にちなみ「奉納蛙相撲」が行われる。当方はこれを目指して参拝したが、写真の通り、地元の方々が集まるなんだか微笑ましい10分程度のアトラクション。一茶に興味のない方には「必見です」とまではおすすめはしない。