戦後の学び舎、歴史を感じて。
楚辺尋常小学校 国民学校 跡の特徴
昔の教育環境に触れることができる場所です。
戦後の歴史を感じながら訪れることができます。
教育の礎を知る貴重な史跡として人気です。
昔の方々が、戦後に、どのような環境で、教育を受けていたのか?暑さ寒さにも負けずに頑張ってお勉強された方々のお陰で、今の沖縄があるのだと思いましたね。
楚辺尋常小学校が与儀小学校となり、那覇市立城岳小学校が新たに設立され今となります。与儀小学校の校歌で、学校の沿革がわかります。校歌の中に、楚辺原頭(そべげんとう)にたちしおり〜とあるが、つまり、楚辺の原っぱの上にたって道しるべとなっていた〜との意味となる。与儀小学校出身であるが、何故与儀小学校校歌に、楚辺が出てくるのか不思議に思っていた。与儀小学校の沿革を調べると1955年(2020年から遡る事65年前)に楚辺小学校時代に制定されている。楚辺尋常小学校の校歌を改作している。
| 名前 |
楚辺尋常小学校 国民学校 跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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昭和 3年 1月 真和志小楚辺分校開校昭和 15年 5月 楚辺尋常小学校 開校昭和 16年 4月 楚辺国民学校に改称昭和 19年 6月 日本軍野戦病院に接収昭和 22年 4月米軍特別行政区に指定楚辺小学校は摩文仁で再建後移転を重ね終いに現与儀小学校に留まり、学校名は永遠に消滅-碑文より-