三浦環の功績を胸に、蝶々の恋の悲劇を。
三浦環 銅像の特徴
日本人初のオペラ歌手、三浦環の銅像が立つ場所です。
蝶々さんとピンカートンの恋愛悲劇が描かれています。
旧グラバー住宅近くに位置し、文化を感じられるスポットです。
三浦環(蝶々夫人のモデル)銅像は、旧グラバー住宅の南側にあります。日本が生んだ世界的プリマドンナ三浦環は イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニが長崎を主題としたオペラ マダムバタフライ(蝶々夫人)を30年の長きにわたり世界各国で歌い続け美しい名曲を通じて、広く海外に日本婦人の愛の美徳を紹介しました。その功績をたたえるためプッチーニの肖像とともに ゆかり深きこの丘に三浦環の立像を建立して永く後世に伝えています。
日本人初のオペラ歌手である三浦環さんの銅像です。三浦環さんは1884年(明治17年)生まれで1946年(昭和21年)に亡くなりました。蝶々夫人の蝶々さんが当たり役だったようです。激動の時代を生きた、西洋芸術の先駆者と言えます。
名前 |
三浦環 銅像 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
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長崎を舞台に、没落藩士の娘の蝶々さんとアメリカ海軍士官ピンカートンとの恋愛の悲劇を描いたオペラ蝶々さん。蝶々夫人役が得意で、およそ30年上演し、世界各国だけでも約二千回上演がされたそうです。この銅像は1963年に三浦環を顕彰する為に建てられました。近くにプッチーニの白い銅像が立っているのですが、良く見たら三浦環の頭上の右側にプッチー二の肖像が嵌め込まれていました。