三浦環の悲劇を感じる。
「三浦環の像」梁川剛一の特徴
日本人初のオペラ歌手、三浦環の銅像が立つ場所です。
蝶々さんとピンカートンの恋愛悲劇が描かれています。
旧グラバー住宅近くに位置し、文化を感じられるスポットです。
蝶々夫人(伊: Madama Butterfly)とは米国人ジョン・ルーサー・ロング(John Luther Long)が1898年に発表した短編小説をもとに、イタリア人ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini)作った3幕のオペラです。長崎を舞台に没落士族の娘「お蝶」と米海軍士官「ピンカートン(Pinkerton)」との悲恋を描いたもので、1904年2月にロジーナ・ストルキオにより初演されました。初演こそコケましたが以降安定した人気を保ち、多くのプリマ・ドンナが「お蝶」を演じました。で、この三浦環です。1915年5月、ロンドンのオペラハウスで「蝶々夫人」を演じて以来、1935年のシチリア島での出演まで通算2000回も「お蝶」を演じたtitle holder なのです。その功績をたたえるべく、この像は1963年5月に設置されています。ところで「桃屋劇場」と呼ばれるテレビCMがありました。三木のり平氏をデフォルメした人物を使ったアニメCMです。「子連れ狼編」「八百屋お七編」などなど様々なバリエーションが作られましたが、その中に「蝶々夫人篇(1971年)」がありました。三木氏扮する「お蝶」が遠ざかる船に向かって「行かないで、ピンカートン」と呼びかけるのです。長らく「?」のままで済ませてきましたが、今日になってようやく「ピンカートン」が何者かが了解できました。なんともお恥ずかしい限りです。2025.12.3
「三浦環」は大正の時代を代表するオペラ歌謡の人です。当時モノのSPレコードを蓄音機で聴いて、この方の存在を知りました。
プリマドンナ!すごい人がいたんですね。
オペラ歌手らしい〜
三浦環は世界的に有名なオペラ歌手。作曲家ジャコモ・プッチーニが長崎の異国情緒を歌ったオペラ「マダム・バタフライ」を30年の長きにわたり世界各国で歌い続けた。
長崎を舞台に、没落藩士の娘の蝶々さんとアメリカ海軍士官ピンカートンとの恋愛の悲劇を描いたオペラ蝶々さん。蝶々夫人役が得意で、およそ30年上演し、世界各国だけでも約二千回上演がされたそうです。この銅像は1963年に三浦環を顕彰する為に建てられました。近くにプッチーニの白い銅像が立っているのですが、良く見たら三浦環の頭上の右側にプッチー二の肖像が嵌め込まれていました。
三浦環(蝶々夫人のモデル)銅像は、旧グラバー住宅の南側にあります。日本が生んだ世界的プリマドンナ三浦環は イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニが長崎を主題としたオペラ マダムバタフライ(蝶々夫人)を30年の長きにわたり世界各国で歌い続け美しい名曲を通じて、広く海外に日本婦人の愛の美徳を紹介しました。その功績をたたえるためプッチーニの肖像とともに ゆかり深きこの丘に三浦環の立像を建立して永く後世に伝えています。
日本人初のオペラ歌手である三浦環さんの銅像です。三浦環さんは1884年(明治17年)生まれで1946年(昭和21年)に亡くなりました。蝶々夫人の蝶々さんが当たり役だったようです。激動の時代を生きた、西洋芸術の先駆者と言えます。
| 名前 |
「三浦環の像」梁川剛一 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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日本最初の国際的プリマドンナ 三浦環(みうらたまき)さんの像ですね。長崎を舞台にしたオペラ「蝶々夫人」のヒロイン「蝶々さん」の姿で、長崎港の方向を指差しています。彼女を絶賛した作曲家プッチーニさんの像も近くにあります。