九州の歴史、土雲と宇津良姫の郷。
宇津良姫塚の特徴
景行天皇が敵対部族を討伐した歴史的背景が感じられます。
小さな白い縦書きの看板が目印で、訪れやすい場所です。
伝説の舞台としての魅力ある史跡です。
宇津良姫とは、景行天皇が九州巡行の折、黒崎(大牟田)から宇津に来る航路を守護し案内した姫といわれています。また宇津良姫は、当時宇津海域を領有する大地主の神の娘で、女酋長でした。宇津良姫塚を覗くと、塚石の裏に、謂われ書きと思われる杢板がありますが、殆ど読み取れません。宇津良姫塚と少し離れた所に地蔵堂がありますが、地蔵尊は、父親の地主神のお堂だといわれています。
景行天皇は朝廷に敵対する九州の部族を土蜘蛛などと呼び討伐をしたらしい。宇津良姫はこの地域の部族の酋長で景行天皇側についたので土蜘蛛ではないらしい。土蜘蛛の酋長も女性が多いらしい。
この辺りの史跡には誰かが建てた小さな白い縦書きの看板がある。こことか向かいの天満神社とか。うまく言えないが何かほっこりしていい感じ。
| 名前 |
宇津良姫塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ここは土雲・宇津良姫の墳墓と伝えられています。宇津良姫はこの一帯を領有した大地主神の娘で、景行帝が黒崎より宇津に至る時、その航路を守護したと伝えられます。三池郡と山門郡はなんとも古代と繋がりの深い謎おき土地です。古代日本の真相がここにあるのではないでしょうか?探索中に白猫が出現、姫神の使いか?