景行天皇ゆかりの宇津良姫墓
宇津良姫塚の特徴
景行天皇が敵対部族を討伐した歴史的背景が感じられます。
小さな白い縦書きの看板が目印で、訪れやすい場所です。
伝説の舞台としての魅力ある史跡です。
ここは土雲・宇津良姫の墳墓と伝えられています。宇津良姫はこの一帯を領有した大地主神の娘で、景行帝が黒崎より宇津に至る時、その航路を守護したと伝えられます。三池郡と山門郡はなんとも古代と繋がりの深い謎おき土地です。古代日本の真相がここにあるのではないでしょうか?探索中に白猫が出現、姫神の使いか?
宇津良姫とは、景行天皇が九州巡行の折、黒崎(大牟田)から宇津に来る航路を守護し案内した姫といわれています。また宇津良姫は、当時宇津海域を領有する大地主の神の娘で、女酋長でした。宇津良姫塚を覗くと、塚石の裏に、謂われ書きと思われる杢板がありますが、殆ど読み取れません。宇津良姫塚と少し離れた所に地蔵堂がありますが、地蔵尊は、父親の地主神のお堂だといわれています。
景行天皇は朝廷に敵対する九州の部族を土蜘蛛などと呼び討伐をしたらしい。宇津良姫はこの地域の部族の酋長で景行天皇側についたので土蜘蛛ではないらしい。土蜘蛛の酋長も女性が多いらしい。
この辺りの史跡には誰かが建てた小さな白い縦書きの看板がある。こことか向かいの天満神社とか。うまく言えないが何かほっこりしていい感じ。
| 名前 |
宇津良姫塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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現在では小川や張り巡らされた水路、田園が広がる長閑な地ですが、邪馬台国が存在していたと推定されている(2-3世紀)古代では殆どが海でした。古代の有明海の地図を見ると、長崎の九十九島のような小島(浮島)が点在しており、その一つの浮島に陵墓(宇津良姫塚)が作られたようです。2026年3月に訪れましたが、お社が乗っている台座が高くなっていて立ったまま参拝出来るようになっていました。お社の周囲も奇麗に整えてられていました。約2000年近くも前から令和の現在までずっと…地元の方々から大切にお祀りされてき続けたであろう陵墓(古社)。そう考えると、何だか感慨深い気持になりました。