和歌山城の趣、光る大手門。
和歌山城大手門(旧搦手門)の特徴
早朝から係りの方々が掃除しており、隅々まで綺麗です。
江戸時代からの歴史的な一の橋御門を再現した高麗門です。
明治に倒壊し、翌年に復元された歴史と共にある門です。
浅野氏が門を設置したころは市之橋御門と呼ばれていたらしいが、江戸時代後期に大手御門とな改称したらしい。
和歌山城の大手門。かつて江戸時代中期までは一之御門と呼ばれていたが大手門に改称された。明治時代に老朽化で倒壊したが、1982年に再建された。
町中を歩いて駅からゆるゆると来たら、城に入るのに最初に目につく橋。反対側の岡口門が長く、大手門として使われたが、しばらくしてかこちらが大手門と成ったらしい。
12月ライトアップされてました。まず最初に目に入った門の所でした。
和歌山城大手門です。江戸中期まではは一の橋御門と呼ばれていました。JR和歌山駅からバスに乗り、和歌山城前で降りると目の前にあります。古い雰囲気ですが、現存ではなく再建された門になります。
早朝から係りの方々が掃除して隅々迄綺麗です。松の剪定も美しいです。橋には滑り止めされて安心してます。城内のトイレも綺麗でなんと言っても便座が温い。
☆和歌山城の北東側にある和歌山城の表門、城域の北側に広がる三の丸から二の丸へ、水堀を木橋の「一の橋」を渡り登城🚶☆昔、1909年(明治42年)に老朽化で自然倒壊、古写真や資料を元に1983年(昭和58年)に復元、間口約11mの旧式の「高麗門」、木造の一の橋に派手さのない高麗門、両側の白壁、水堀に石垣、振り向けば周りは開発され官庁街の中、徳川御三家「紀州藩」の正門にしては小ぢんまりした大手門が逆に趣と風情あります😄
大手門北側の立て札より転載大手門と一の橋和歌山城の内郭(二の丸より内側の地域)への正面の門 この門を出た所一帯が三の丸である 江戸時代の中頃まで「一之橋御門」と呼ばれていたが寛政八年(一七九六)に「大手門」と改称された明治四二年(一九〇九)に倒壊したが昭和五八年(一九八三)に古写真などにもとづき復元された高麗門形式と呼ばれ間口約十一メートルである門に架かる「一の橋」も翌年に復元された徳川氏が入国する前の浅野氏の時期にはそれまでの城の大手であった岡口門をこの地に変更し「御門」や「北ノ橋」と呼んでいた。
徳川頼宣の入城にともない、大手口はこちらに移転。大手門と一之橋は昭和58年(1983年)に復元されました。
| 名前 |
和歌山城大手門(旧搦手門) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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和歌山駅から和歌山市のメインストリート「けやき大通り」を20分ほど歩くと(バスだと5分くらい)和歌山城のお堀に着きます。「けやき大通り」に面してある大手門は、城の正面入口にふさわしい堂々とした佇まいで、ここをくぐると整然と続く石垣と樹齢数百年の大きなクスノキが出迎えてくれます。大手門の周辺は広々としており、写真スポットとしてもなかなか良いと思います。特に、門越しに見える天守や石垣のラインが美しかったです。城内へ向かう動線としてだけでなく、歴史的な雰囲気を味わえる見どころのひとつだと感じました。和歌山城を訪れるなら、まずはこの大手門からスタートするのがおすすめです。城の魅力を象徴するような、力強く美しい入口でした。