巳年にぴったりの古社、静かなお参り。
三輪神社の特徴
鳥取県米子市に位置する、参拝しやすい古社です。
『日本三代実録』に名を連ねる歴史ある神社です。
駐車場完備で車移動に便利な立地です。
集落の入り口にある静かな神社、祀られている神様のお使いが蛇だそうで、巳年にお詣りするのにピッタリな神社。
大通りから入って狭い道をドキドキしながら行きました。駐車場がちょっとわかりにくかったです。ひっそりとした特別な空間に感じました。
広くは有りませんが色々と説明も有り良い感じです。手入れされていて飾り細工も塗り替えされているので大事にされているようです。駐車場、由緒書き有りますが合祀社までは・・・
切妻造妻入り 二間×二間 背面宇豆柱は側柱と同じ太さ 宇豆柱は長押で止まり組物等でつなぐ 土台建ち鳥居は宝暦八年建立。
駐車場もあり、参拝しやすいです。拝殿は唐破風造りとなっており、威厳があります。狛犬も多く、古いものから新しいものまで、賑やかです。この時期ツワブキが多く咲いており、季節感を感じます。
駐車場もあり、参拝しやすいです。拝殿は唐破風造りとなっており、威厳があります。狛犬も多く、古いものから新しいものまで、賑やかです。この時期ツワブキが多く咲いており、季節感を感じます。
『日本三代実録』にも現れる古社。御祭神: 大物主命 速須佐之男 少名毘古那命 第10代崇神天皇の時代、諸国に疫病が流行し、盗賊が横行していたとき、天皇が夢のお告げによって大神神社の祭神を祭らせたところ、たちまち疫病や盗賊は鎮まった。そこで天皇は、国家の守り神として大神神社の分霊を諸国に移して祭らせた。ここ三輪神社ものひとつという。壮麗な社殿や大鳥居、三重塔のある神宮寺などが立ち並んでいたという。この三輪神社は、江戸時代の初期までは現在の場所から南東に約600m離れた小波字三輪山にあったという。1333年、隠岐より脱出した後醍醐天皇討伐のため鎌倉幕府軍の佐々木清高が当城に入ったと云われる。それまで当城の城主であった大石橋五郎左衛門がいた小波城を攻め、この時の戦闘によって三輪神社も焼失し、多数の古文書が失われたと伝わる。
| 名前 |
三輪神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0859-56-2784 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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山陰本線の伯耆大山駅か淀江駅が最寄りなんですが、どちらの駅も駅前閑散としてタクシーもいるかいないかの様子なので、米子駅から向かうのが一番容易なのではないかと思います。歩いて行く場合は、淀江駅。ただでさえも本数の少ない山陰本線で、淀江駅に停車する列車を調べて、降りたらそこからほぼ線路に沿って下り方向へ歩いて行くのが徒歩経路です。淀江駅を降りたら、天井川に架かる淀江大橋(じっさいは小橋)を渡り、山陰線の線路にピッタリ沿いながら進んでいくと、途中は墓場と民家だけでお店も殆ど無いのですが、やがて道は庄川踏切に至りますから、ここで山陰線を渡り、遠方に大山の見える方向へ歩いて行きます。田園の先、こんもりとした茂みの丘の中に、あるのが三輪神社です。普通に歩いて、小一時間見といたほうがいいでしょう。米子駅か、大山口駅からも日本交通のバスが朝の7時過ぎから1~2時間に1本の割合で出ていて、どちらからでも、「小波」というバス停で下車します。クルマの方は、米子東ICから近くて、下りを降りて淀江方向へ右折、山陰線を陸橋で越したら最初の信号の手前の、「三輪山の湧水」道標のある丁字路を右折、山陰線の小波第一踏切を越して進むと、辻にぶつかるので、浄福寺方向へ右折して道なりに行きます。三輪神社の看板は殆ど出ていないのですが、北側から入って、小丘の茂みに入ったところのカドに薬師堂があり、そこから西側一帯が三輪さまの境内になります。駐車場は廻り込んで右の路地を入ったところ。正面参道は鳥居がありますから分かります。鳥居をくぐって、階段を登ると随身(こっち向いて対面してる)の収まる神門、正面が本殿です。想風館という歴史展示室が本殿向かって左後方にありまして、主に室町期からの神社や郷土に関わる史料を展示しています。山陰路の社寺にはこの手の小さな資料菟集館を有するところが目立ち、ここより京都方向に上ったところの養父(やぶ/兵庫県)の八鹿駅から入ったところには但馬妙見の日光院(高野山真言宗)が資料宝物館を私費で建てていたり、さらに京都方向へ上った綾部駅から山奥へ入ったところにある大原(おおばら)神社には近世からのお産にかんする資料を展示した「産育資料室」がこれも私財で建てられているなど、行政の観光案内では殆ど素通りされてはいるもの、参拝に楽しみを増してくれる施設を備えている社寺がいくつもあります。三輪神社さんの想風館は、日曜祝日だけの無料開館ですが、好きな方にはお金や時間を割いてでも見学されるとよいと思います。三輪さまの主祭神は大国主命で、どうも ヘビを御眷属としているようで、毎月巳の日には(とくにお婿さん探し・お嫁さん探し)お参りを奨励しております。お祭りは、秋の10月ですが、この神社には変わった習俗が神事として伝わっていまして、毎年4月19日の昼下がりに、輿をリヤカーに積んで(昔は担いでいたみたいです)、そこに、神殿に祀られている狼像(いちおう、ご神体)2体をお乗せして氏子区域を隅々まで行幸して巡る「狼神事」が引き継がれています。観光案内に載るような派手なお祭りではありませんが地元のローカルTVでは時折放映されています。ただ、近在の氏子さんたちが集まり、応援の神職も加わって、氏子のお家にお札(狼さまを刷り出してある護符)を配りながら巡行する神事です。移動中は狼像のご神体は几帳で囲うのですが、途中で、町会の会館前の空地を頓所にして休憩する際に、壁代を開扉して祝詞奏上、巫女舞を納め、お神酒による直会をする流れです。故事があり、大和の国(奈良県)の三輪神社から毎年この日に御眷属である狼さまが発遣されて当社をお旅所として入り、集落の厄灾を封じて秋口に大和へ帰るという魔除けの神事になっているそうで、これが不思議で、呼ぶ神事は残っているものの、秋口にお還しする神事は承継が無く、たぶん、雪が降って寒くなる地方なので、木枯らしの吹く頃になると、狼さまは勝手に帰ってしまわれるのだろうと思います。なお、偶然かもしれませんが、前述した境内に私設の史料展示施設を有する養父の八鹿の日光院や綾部の大原神社は、どちらも狼さまを御眷属として祀っています。この米子より南方の岡山側へ出ると、津山の奥御崎(おくみさき)神社や、高梁の木野山神社などは狼信仰の拠点でもあり、三輪さまは山陰地方に見られる希少な狼さまの神社ということになります。