郷分八幡神社近く、大イチョウの木!
宮入道光音の墓の特徴
大きなイチョウの木が特徴的な場所であり、目印になります。
郷分八幡神社の参道口にある石造屋型の祠が印象的です。
歴史を感じる静かな史跡として多くの人々に親しまれています。
高速道路高架の下にあります。備後地域に勢力があった宮氏のお墓です。供物は時々新しくなっているようです。
大きなイチョウの木が目印です。
郷分八幡神社の参道口に石造屋型の祠がある。此の祠は志川滝山城(加茂北山)城主宮入道光音の墓と伝えられ、昭和初期芦田川大改修までは堤防上に有ったが、改修が終わると現在地に移設された。戦国時代宮氏は尼子の勢力を背景に備後で強い勢力を誇っていたが、光音を最後に天文ニ十一年(1552年)七月ニ十四日に毛利軍に滝山城を落とされて敗走する途中、此処で子(光寄)と共に討ち取られたと言われている。参考資料 山手・郷分歴史より。
| 名前 |
宮入道光音の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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宮入道光音(みやにゅうどうこうおん)という、戦国時代の武将の首塚と伝えられている場所です。1552年、「志川滝山城」は毛利勢に攻められ落城し、光音は城を離れてこの地まで逃れた末、ここで討たれたといわれています。城からここまでの距離は、現在の道のりで約12km。命をつなぐために歩いたであろう道の長さを思うと、当時の緊迫した情景が静かに胸に迫ります。その後、戦没者を弔う場として、武神・八幡神を祀る神社の近くに首塚が祀られたと考えられています。すぐそばには、樹齢約140年とされる大きな銀杏の木が立っており、まるで宮入道光音に寄り添うように、静かにこの地を見守っているかのようでした。この銀杏の木が目印となり、首塚へとたどり着けます。