高師直塚で歴史の足跡を辿る。
師直塚の特徴
南北朝の英雄、高武蔵守師直が眠る歴史的な場所です。
国道の建設に伴い移設された貴重な史跡です。
師直塚の周辺は静かな雰囲気が漂っています。
171号線沿いですが少しわかりづらい場所にあります。元々の場所から移動して現在の位置にあるようです。
国道171号線沿いに偶然発見。思わず画像に残しました。国道171号線は高架橋になってるので県道41号線との交差点の下道で信号待ちしてたらたまたま目にしてテンション上がったわ。南北朝時代足利家(足利尊氏)の中心的家臣で大河ドラマ『太平記』でも出てたな。以前は違う場所に墓があったのを現代人の都合で墓を掘り起こしたみたい。それで代わりにここに石碑があるらしい。歴史的にあんな悲惨な最後やったのに墓を勝手に掘り返して潰すのはどうかと思ったけどこうやって伊丹市が今でも慰霊してるのはええ事やと感じました。
◯師直塚足利(あしかが)家の武将高師直(こうのもろなお)は、観応(かんのう)二年(一三五一)上杉能憲(よりのり)勢の持伏に遭い、この地において、子息五郎、弟師泰(もろやす)と共に討たれ、高一族は滅ぶことになった。高師直は南北朝時代の武将で足利尊氏(たかうじ)が上洛の折、すでに足利家の側近にあり、足利家の執事として、北畠顕家(きたばたけあきいえ)を倒し、河内の南朝軍を弟師泰とともに制圧し、楠木正行(くすのきまさつら)を敗死させるなどの功績があった。師直らの没後、この辺りに墓らしき塚が残っていた、いつしか耕作の妨げになるとされくずされたが、師直らの魂をしずめるため、大正四年、山田村の有志により現在の師直塚を建碑された。その後、国道の拡張工事などによりこの場所に移された。平成五年三月一日伊丹市教育委員会師直塚横の看板より書写し地元の方でしょうか?夏草に埋もれる師直塚に飲み物などのお供えをされていました。(大阪)2023.08.11
兵庫県伊丹市です。高師直塚が、伊丹市教育委員会の呼称です。太平記に記載あります。山田村の方が、位置を移動 現在は、イズミヤ昆陽のそばにあります。今の塚は、大正時代に作られたものです。南北朝時代以降 太平記読みが多く、長く歴史上の悪役のイメージが、江戸時代の仮名手本忠臣蔵では 悪役として高師直が、塩谷判官として吉良上野介の借り名前として使われています。
とりあえず場所を確保した感じで寂しい。
南北朝の英雄、高武蔵守師直はこんなところに寂しくて眠っていますね....
国道の建設に伴いこの場所に移設された。過去にはこの塚を撤去する計画もあったそうです。
高師直といえば評判はよくない。よくないけれどここで討ち取られたという塚があるのは立派。
| 名前 |
師直塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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道端に高師直の最後の地の塚がありました。きれいに整備されていましたが本当に道端に自然にあるので少し驚きました。歴史を感じます。