礎石が語る天守の歴史。
天守の庭の特徴
天守台の礎石の復元が見どころで、資料的価値が高いです。
天守台の平面型を礎石で再現しており、歴史を感じられます。
兵庫県姫路市本町に位置し、アクセスしやすい立地です。
昭和の大修理では地盤沈下を防ぐために地下の岩盤に人工地盤を築いた。そのためもともとあった礎石が不用となり、その礎石を使ってこの場所に天守台の平面図を再現している。
総重量6,000トンを支えた石2024年8月中旬、姫路探訪の際に行きました。もともと天守閣を地下で支えていた礎石昭和の大修理の際、礎石は東南方向に44cm傾斜していたこともあり、礎石の代わりにコンクリートを注入し基礎にしてそこに柱を立てることに→使わなくなった礎石をこちらに展示することにこの石があんなでかい天守閣を支えていたとは・・・先人の技術力に感心しました。
「天守の庭」では、大天守の人工地盤建設にあたり、不要となった礎石を元通りに配置して天守台の平面形を再現展示しています。大天守を建てる時、柱は礎石の上に据えられました。ところが、6千トンもの建物の総重量がかかり、地盤が沈下しました。礎石には高低差が生じ、天守台石垣も東南櫓が約26cm沈んでしまいました。そのため、大天守は補強柱や筋交などを挿入しないと自立できないほど傾いてしまったのです。そこで、昭和の大修理では、地盤沈下を防ぐため、地下の岩盤に鉄筋コンクリートの人工地盤を築きました。大天守の重量を直接岩盤に受けもたせるためです。この時の工事では、天守台石垣の内部を岩盤まで掘削したため、礎石が不用となったのです。
姫路城大天守は外国人観光客と修学旅行生でにぎわってたが、天守の庭を見てた客はいなかったなんでも昭和の解体修理の際、建物が傾いてヤバかったためコンクリート基礎に交換することになり、不要になった創建時からの礎石をここに移転したらしいそういえば戦後鉄筋コンクリートビルで外観復元した広島城、岡山城、名古屋城でも同じようなやつを見たな。
天守台の礎石のみ復元されています。
天守台の平面型を礎石で再現しています。
| 名前 |
天守の庭 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
079-285-1146 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
|
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天守の庭は、大天守の東側、備前丸の東下に設けられた旧天守礎石配置広場です。現在は庭園として整えられていますが、ここで見ることができるのは、単なる景観ではありません。昭和の大修理に伴って大天守から取り外された、かつての礎石が保存されています。昭和の大修理では、大天守の耐震性を高めるため、天守台の内部に人工地盤を設ける工事が行われました。その際、それまで大天守を支えていた礎石は取り外されることになりました。そこで、廃棄するのではなく、旧礎石の配置をできるだけ忠実に再現して保存した場所として整備されたのが天守の庭です。中でも注目したいのが、かつて大天守を支えていた東大柱と西大柱の礎石です。礎石の上には、柱を据える位置を示す「×」印や線が刻まれています。これは柱の位置を正確に定めるための基準と考えられ、400年以上前の大工たちが巨大な天守を建てる際、どのように柱の位置を決めたのかを伝える貴重な痕跡です。さらに、礎石の表面には、長年柱を受け止めてきたことによる柱の跡やくぼみも確認できます。大天守が取り外されたことで、それまで建物の内部に隠れていた石を、現在は間近から観察できるようになりました。石の大きさや形だけでなく、柱を据えるための加工にも目を向けると、天守の建築技術をより具体的に感じることができます。周囲には大天守の石垣も迫っており、巨大な石垣、その上に載る礎石、そしてそこから立ち上がっていた柱という、天守を構成する構造のつながりをイメージできます。普段は見上げることの多い大天守を、ここではその基礎部分から眺め直せるのが、この場所ならではの面白さです。姫路城の大天守は、白漆喰の外観や壮大な木造構造に目が向きがちですが、その姿を成立させているのは、石垣の上に据えられた礎石と、それを正確に配置する高度な施工技術でした。天守の庭は、昭和の大修理によって生まれた場所だからこそ見ることができる、姫路城の「土台の技術」を実物で確かめられる場所なのです。