山全体がパワースポット、特別な時間を。
金刀比羅神社の特徴
サムハラ神社の近くに位置する、岡山県のパワースポットです。
急な階段を登ると、加茂精霊の美しい展望が広がります。
境内には様々な摂社や末社があり、訪れる楽しみが満載です。
朝一番にお詣りさせていただきました。天気にも恵まれ、静寂の中で綺麗な空気と、神々しい雰囲気に心が洗われました。階段を登る途中に御神木の切株があり、そこも神棚が置かれ祀られてました。誰も居ない境内でお詣りできて、朝一は三文の徳という諺を身をもって感じました。ありがとうございました。狭い山道を上る途中に看板もあり、駐車場もありますし、迷うことはないと思います。
森の中にある厳かなところです。狭い道と聞いてビビって歩いて行きましたが、かわせるところも多いので車で行かないと神社に行く体力無くなります。宮司様はいらっしゃらないようでした。
友人がサムハラ神社に行きたいと言うことで、せっかくなので同行させていただくことに。金刀比羅神社が本殿でサムハラ神社は境内の摂社のようです。駐車場から少し坂を歩きます。更に奥へ、坂を上へ行くと美しい景色が一望できます。パイプでできた展望台はちょっと怖いですが、とても気持ちが良いです。
友人がサムハラ神社に行きたいと言うことで、せっかくなので同行させていただくことに。金刀比羅神社が本殿でサムハラ神社は境内の摂社のようです。駐車場から少し坂を歩きます。更に奥へ、坂を上へ行くと美しい景色が一望できます。パイプでできた展望台はちょっと怖いですが、とても気持ちが良いです。
寛文年間(1660年代頃)讃岐の金毘羅神社宮の分霊を日詰山の山頂付近に村の有力者が勧誘したのが縁起との事。その後の明治時代末頃、村内に有る村社を含む19社を3度に渡り合祀したのが、現在に至る金毘羅神社の始まりの様です。相殿として大物主命.速玉之男命.伊弉冉命を主祭神としてお祀りしており、境内末社にも多くの神々をお祀りされています。
讃岐金刀比羅宮から勧請されたと聞くが境内には神社沿革もなければ一切の啓示もなく全くわからず?ただ金毘羅宮という名から察するに水神様を祀ったのであろうか、サムハラ神社の元宮\u0026本宮にお参りにやってきたのが目的でほぼはぼ同じ位置に金比羅宮があり丁重に立派な社殿にお参りさせていただいた。岡山県津山市加茂町中原。
参拝者用の駐車場はかなりスペースがあり、20台は停められそうです。そこからかなりの段数がある石段を登ることになりますので、奥宮の駐車場から、距離は長くなりますが坂道を上る方が少しは楽かもしれません。社務所はありますが、人がいるのを見たことはありません。日曜の昼間でしたが無人でした。拝殿、そして奥にある本殿はなかなかの規模です。まずはこちらに参拝してから、サムハラ神社にお参りすると良いようです。空気が綺麗な素敵な神社です。右手に向かうとサムハラ神社の元宮がありますが、上に上がると展望台があって、街を一望できます。見た目は少し不安ですが、素晴らしい景色を堪能しました。
◎金刀比羅神社のあるこの山全体がパワースポット⚫︎戦国時代は山城だった場所⚫︎江戸時代に四国の「金毘羅さん」からの勧請が起源⚫︎戦前に地元の田中富三郎氏が、寂れた古い祠の神様を祀る。・その霊験あらたか!・同氏は、日清・日露の激戦を生き抜き「不死身の田中」となる。・大阪のど真ん中に分霊し里宮を創設。・それが「サムハラ神社」⚫︎ネット情報でサムハラ神社の奥宮がある場所としてブレイク⚫︎金刀比羅神社よりサムハラ神社の奥宮として有名に。
サムハラ神社の右手にあります。石段は結構あります。駐車場からのほうが楽ですよ。
| 名前 |
金刀比羅神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0868-42-2556 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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創立は寛文年間(1661~1673年)。讃州金刀比羅宮の御分霊を日詰山の山頂に奉斎したことに始まります。明治43年(1910年)に西加茂地区内に鎮座していた村社 大三輪神社をはじめとする9社をこの地に遷座して、金刀比羅神社と改称。その後の明治44年~45年(1911年~1912年)にかけて近隣10社を合祀し、現在に至ります。境内にサムハラ神社奥の宮が鎮座されていることで有名な神社ですが、訪問時には二の鳥居から雰囲気のある石段を上がってお詣り、その後にサムハラ神社~日詰山展望台と回らせていただきました。また、再訪させていただきたいと思います。