山中鹿之介が眠る幸盛寺。
幸盛寺の特徴
山中鹿之介幸盛公のお墓があり、歴史を感じる場所です。
樹齢300年のポプラが立ち、自然美も楽しめます。
尼子十勇士の五輪塔の標識があり、歴史探訪にぴったりです。
11月中旬に訪れました。静かな境内…本堂で手を合わせた後、鹿之助さんのお墓へ。その前に、銀杏の木の幹の大きいこと。案内には、建立と同時期に植えられた400年以上も経つ大銀杏とあり、立派な“姿”に思わず見上げてしまう。この銀杏も鹿之助さんも、このお寺を見守ってきたんだなぁ〜と、歴史の趣きを味わうのでありました~
2021年もう2年以上前訪問、向いの交流館童里夢開店前にぱぱっと、鹿野城主亀井茲矩が山中鹿之介の養女を妻に娶った関係で舅の菩提寺供養塔を、他にも亀井茲矩姉や尼子十勇士日野五郎之房の供養塔も有りました。
たまたま山中鹿之介のお墓がここにあることを知ったわけで。月山富田城、命を落とした場所と合わせて訪れることができたことになった。
信長の野望でお世話になりました。
山中鹿之介の墓がある事で有名な幸盛寺。他にも亀井茲矩の実姉の墓や尼子十勇士の墓もある。
尼子氏再興のために尽力した山中鹿之介幸盛公の墓があるお寺です。鹿之助が三日月に祈って詩った「願はくは我に七難八苦を與へ給へ」の石像がお墓の前にあります。
山中鹿之助のお墓があり、樹齢300年のポプラが立派でした。
「幸盛寺」は尼子氏の家臣達、十勇士の筆頭山中鹿之助幸盛が眠っています。また亀井茲矩の実姉も眠っておられます。 境内は神聖な空気に包まれ、樹齢400年を越えるイチョウの古木が枝の青葉を風にそよがせてながら、眼下の墓標や墓石を守っています。 「幸盛寺」は城下町のほぼ中央に位置しています。他の数寺は城下町の端に位置しています。これは鹿野城主亀井茲矩が幸盛の遺骨を岡山から持帰り「幸盛寺」を建立した由来からでしょうか。幸盛氏もここから近くの地にお眠りの茲矩氏と語らう日々をお過ごしと思います。(合掌)
素晴らしいところだから。山中鹿介のお墓があるから。
| 名前 |
幸盛寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0857-84-2075 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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山中鹿之助のお墓があるとの事で訪れました。イチョウの木がとても大きく素晴らしかったです。