百先神社の蝮除け神木。
百先神社の特徴
体をよじり吠える神木が鎮座しており、印象深いです。
蝮除けの神様として、地域から親しまれています。
昔の神領500石の歴史が息づく神社です。
❶【参考 岩美郡史 明治35年】百先神社(ももさき神社) (明治35年の頃のこの神社の紹介文となる)むかしより神領500石なり。天正年間 豊臣秀吉 の為に焼失する。この神社は蝮(まむし)を憎んでいる。そのため本村に蝮(まむし)はいない、とある。寛永10年(1633年)11月 領主の池田氏より神領8石1斗4升3合の寄進あり。[鎮座地] 美保村大字吉成[祭神] 猿田彦大神(さるたひこのおおかみ・道開きの神)[境内地面積] 209坪[氏子数] 112人。
昔は神領多数あり本社地東方には祭り田と称した神事場があったという池田家よりの社領の寄進もあり近世まで百先大明神と称した羽柴秀吉来世征時社殿旧記などが兵火にあい灰塵にあい焼失したという蝮(まむし)除けの神様として著名(因伯のみやしろ)神饌幣帛料供進神社。
「百先神社」は体をよじり唸り吠えているよいな神木が左右に鎮座しています。まるで(あ・うんの呼吸)の如く。その左右の神木の眼下にはまるで、お寺の御門を思わせる建物の左右に仏が奉られています。これも(あ・うんの呼吸)の如くに。一瞬、神社の境内に入ったがここは寺院だったのかな?と思いました。この御門は紅色が施されています。きっと創立当時は神社はもう少し境内は広かったのでは?と思います。神木の神聖さ、その他の樹木の生育や茂み、鬱蒼感さらに境界付近に神社に置かれていたと思われる石の数々があります。大きな神社だったんでしょうね。同じ境内に仲良く(吉成神社)が鎮座されています。
地元の人々に愛されている神社だと思います。
| 名前 |
百先神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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