高源寺参道の苔岩と歴史。
比企尼宝篋印塔の特徴
JR函南駅から歩いて25分、冷川沿いにあります。
高源寺の苔生した参道が印象的で心を静めます。
岩の上に立つ不安定な供養塔が独特な雰囲気を醸し出します。
高源寺の苔生した参道を足元を気にしながら登っていくと、山門の横辺りに大きな岩にちょこん。。。という感じで石塔が載っています。その石塔が「比企尼」を供養する宝篋印塔と伝わっています。比企尼は、源頼朝公の乳母として、伊豆に流された20年間を支え続けた女性です。また、京から伊豆に夫と共に移り住み、高源寺の近くに屋敷があったそうです。比企尼と言えば源頼朝公の乳母という印象ですが、長女は安達盛長に嫁ぎ、その娘が源範頼に嫁いでいます。次女の娘は義経の正妻となります。三女は伊東祐親の息子 伊東祐清に嫁ぎます。実は、伊東祐親が娘の八重姫と通じた源頼朝公を討とうとした時に、頼朝公にその危機を知らせ伊豆山権現へ逃したのが「伊東祐清」です。また、三女は伊東祐清が亡くなった後、再婚しますが、再婚先で、北条時政と牧の方が企んだ陰謀に巻き込まれて命を落とす「平賀朝雅」を産んでいます。こうした系譜を考えると、比企氏が2代目将軍頼家の乳母となった理由や背景がよく分かります。やはり、比企尼は、源範頼、源義経が揃った源氏一族を思い描いていたように感じます。。。苔生す参道脇の大きな岩にちょこんと載る石塔に祀られた女傑のことを想いをはせてしまいます。
| 名前 |
比企尼宝篋印塔 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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JR函南駅から歩いて25分冷川沿いに登り高源寺山門手前左側源頼朝乳母で約20年間配流の間仕送りして支えた比企尼の供養塔宝篋印塔なので室町期以降と思われ岩の上にありやや不安定な感じで詳しくは↓の書込に有りますが結果として縁者の河越氏比企氏伊東氏源範頼は追討され恩を仇で返したと言っても源頼朝は貴種なのでやむを得ない?四六時中合戦ではないのでこういった内助の功も重要ですが通路の石道は滑るので通行止ですが高源寺も足を伸ばしては。また函南駅直ぐ近くに北条時政嫡男宗時供養塔も有ります。