生姜の日を祝う、椒神社の祭り!
㯮椒神社の特徴
竹野町椒で感じる独自の文化と歴史の深みがあります
奈良時代に由来する大規模な祭りが特徴です⛩
生姜の日に振る舞われる生姜の祭りが魅力です❣️
㯮椒神社、兵庫県豊岡市竹野町椒。主祭神=咩椒大神。八幡宮。式内、名神大。山深い谷の村、尾根の稜線上となる、丘上に鎮座。鳥居をくぐり、山道を進むと、随神門と出合う。参道は続き、割拝殿となった建ちものをくぐると、丘上に出る。正面に社殿と出合う。社殿は本殿とし、㯮椒神社の扁額以外に八幡宮の名も見える。構えの良い造りで、細かな意匠を持つ。所々に彫りものが美しい。建ちものの迫力があり、大きさからも荘厳な印象を抱く。本殿は、明治時代の再建。銅板葺、入母屋造、平入り、三間。千鳥破風を配し、向拝に軒唐破風をつける。権現造の拝殿と共通、建ちものは、装飾過多とも言えるような豪華さを備える。(春日造りとする資料も見えるが、該当しないと思われる。)現地へは、山道を進む。県道の曲がり角を南へ進むと、山麓沿いに道がある。奥へ入っていくと、山の口に鳥居が見える。参道となる山道が空に続き、随神門があるほか、尾根の稜線上に進むと良い。健脚で10分程度。
今日6月15日は【生姜の日】です❣️生姜などが振る舞われる波自加彌神社⛩奈良時代大規模なカンバツの際に生姜を神にけんじたことで祭りの由来とされてます❣️生姜は個人的にも好きで味噌汁や野菜炒めなどによく使います🤗令和3年6月15日【火】
| 名前 |
㯮椒神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0796-22-2029 |
| HP | |
| 評価 |
4.8 |
| 住所 |
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㯮椒神社(はじかみじんじゃ)。兵庫県豊岡市竹野町椒字岩内。式内社(名神大)、旧村社。但馬に十社ある名神大社のひとつ。椒集落(はじかみしゅうらく)にある山の頂部に鎮座し、眼下を三椒川が流れる。神社名を「ほそき」神社と訓じるものもある。主祭神:㯮椒大神(はじかみのおおかみ)。椒集落は朝倉山椒の産地であったために土地の神として祀られたものとする推定や、犬山椒を神格化したものと見る説もあるが、不詳。一説に、大山守命(仁徳天皇・菟道稚郎子の異母兄)を祀るともされる。資料によると、鎮座地は古くから東方の番屋峠を越えたり南方の太田越で神鍋高原方面を経由する等して豊岡盆地へ通じており、奈佐川や稲葉(いなんば)川の水運を利用した但馬国の国府との結び付きが想定され、『延喜典薬寮式』諸国進雑薬条に但馬国から進上する事が定められていた「㯮椒」1斗と当神社との関連も指摘されている(「はじかみ」とは、サンショウ(椒)やショウガ(薑)の古名・雅名)。社伝によれば、白鳳14年(685年)に但馬国国司の榛原公鹿我麿(はいばらのきみかがまろ)が祖である大山守命を祀り、翌朱鳥元年(686年)に当地で収穫した山椒の実を絞って得た油を朝廷へ献上したという。『国司文書 但馬故事記-気多郡故事記・下』人皇四十代天武天皇十三年十月十四日、地震(ナヰ)、気多郡火を噴き、人畜多(さわ)に死し、止美神社(日高町十戸)・太多神社(日高町太田)・矢作神社・栗栖神社等震災に羅る。この月、応神天皇の皇子 大山守命の裔、榛原公鹿我麿(はいばらのきみかがまろ)を以って、但馬国司と為し、位 小錦上を授く。榛原公鹿我麿は気多郡狭沼を開き、墾田を為す。十四年秋八月 その祖大山守命を蜀椒(ほそぎ)山に祀り、祭式を行う。榛原氏の後裔はこの地に在り、蜀椒の実を採集し、油を絞り取り、これを朝廷に献ず。のち貢上を制(さだめ)とす。ゆえにこの地を名づけて、蜀椒村と云う。承和9年(842年)に官社に預り、貞観10年(869年)に従五位下から従五位上に昇叙され、延喜の制では名神大社に列せられている。因みに同じく但馬国の名神大社である山神、戸神、雷神、海神も官社列格、従五位上昇叙ともに同時である。近世には、石清水八幡宮から神霊を勧請し、鳥居扁額にある通り「八幡宮」と称していた。当社の社号「㯮椒神社」の「㯮」の字は、木偏に蜀の字。「㯮椒」と書いて「はじかみ」と読むが、地元では「ほそき」と言うらしい。意味は蜀椒と同じで、山椒の実。当地が山椒の産地であったらしく、鎮座地名も「椒(ハジカミ)」という。とあります。