住宅地の中の神社、気持ちいい空気。
女代(めしろ)神社の特徴
宮司さまの人柄が表れた境内の穏やかな景色です。
御祭神は天御中主神、神産巣日神、高皇産霊神などです。
延喜式神名帳に名を連ねる由緒ある式内社です。
女代神社(めしろじんじゃ)。兵庫県豊岡市九日市上町。式内社(小)、旧村社。【祭神】高皇産靈神資料によると、通称は、お女代さん(おめしろさん)。女性っぽい雰囲気だが、祭神は高皇産靈神。ただし、豊受姫命とする説もあるらしく、また、当地のシャーマン的女性であるとする説も。創祀年代は不詳。仁寿元年正月に正六位に叙せられ、式内社・女代神社に比定される古社。「円山川」に支流「出石川」が合流する西側窪地、九日市上町に鎮座する社。境内すぐ近くからは「女代神社南遺跡」(弥生時代後期前半頃)として、突線紐Ⅱ式銅鐸の鰭(ひれ)部分片が出土しています。当社は浮島明神とも称されたようで、当社が円山川と出石川の合流する低地にあり、たびたび洪水にあって、社殿が浸水するためだとか。ただし、河を利用した船運とは密接な関係があり、高瀬舟などの航行の目標となっていたという。鎮座地名の九日市も商いに関連したものだろうか。戦国時代の天正二年に本殿を建立し神領五百石を有していたが、秀吉によって没収された。江戸時代、豊岡・出石両藩主より崇敬を受け、延宝七年を建立し、宝暦七年に再建。「国司文書 但馬神社系譜伝」には以下が記されています。━━人皇十二代景行天皇三十二年秋七月、伊香色男命の子 大売布命を以て、黄沼前(城崎)県主と為す。大売布命は気多の射楯宮にあって、この地を領地す。人皇四十代天武天皇三年(674年)夏六月、城崎郡司 物部韓国連久々比(モノノベノカラクニムラジククヒ)これを勧請す━━「但馬故事記」と同内容を示し、さらに当社創建譚が記載されています。物部韓国連久々比が勧請創建を行ったと。物部韓国連久々比については、天武天皇元年(672年)秋十月に祖父の眞鳥が亡くなり、同三年(674年)に北北東5kmほどの豊岡市下宮に葬られ、久々比神社として祀ったとされます。細かい年代は伝承ということも差し引き、概ね整合性のあるもの。これを史実に近いものとするなら、天武天皇三年(674年)頃に物部韓国連久々比により創建がなされたのではないかと考えます。とあります。
駐車場が狭いですが神社名に魅力を感じます^^;右手前に「P」あり。
駐車場は3台は止められると思います。トイレは確認できませんでした。七五三のシーズンで銀杏の落葉の絨毯がとてもキレイでした。
七五三など色々お世話になってます。
宮司さまのお人柄がそのまま境内の景色という印象のお宮さんです。
宮司さんの次男さんが主に神事を勤められています。
奥さまに、書いて頂きました普通に上手です。再訪したいですね。
住宅地の中にありますが、ここだけ空気は違いますね。綺麗に整備もされて気持ち良く、やんわり癒された気分になりました。
こじんまりとした感じが良かった。
| 名前 |
女代(めしろ)神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0796-22-3350 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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鞄団地の入口にある神社気になり寄ってみるとものづくりの神様でした。