知足寺で出会う曽我兄弟の供養。
曽我兄弟の墓の特徴
室町時代の『曽我物語』にまつわる史跡があります。
知足寺にある自然石のシンプルな供養塔が特徴です。
曽我兄弟の墓を訪れるための矢印案内が整っています。
曽我兄弟の供養塔はあちこちにありますが、義姉花月院ゆかりの知足寺にあるのは自然石を用いたシンプルなもの。二宮朝忠と花月院夫妻、曽我兄弟の供養塔が仲良く並んでいます。知足寺墓地を抜けるルートは短いけど階段が多くちょっと大変。途中に開ける海の景色が美しいです。
室町時代の『曽我物語』で有名になった曽我兄弟と二宮弥太郎朝定夫妻の大きな自然石の墓石。昭和54年9月、浩宮殿下のお成り記念石碑もあります。ここは、地元でも知っている人は少ないかも。知足寺に入れば看板があり、それを辿っていけば辿りつけます。ただし境内西方の丘なので、境内を歩くようになるので檀家さんなどに迷惑ならないよう配慮が必要ですね。境内を通らないで、行く方が無難かもしれません。ちなみに、兄弟は建久3年(1192)5月父の仇工藤祐経を討って永年の本懐を遂げ、討ち死に。
| 名前 |
曽我兄弟の墓 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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伝曽我兄弟の墓があるとは知っていましたが、なかなか訪れる事もなかったので、知足寺境内に矢印が書いてあり近道らしいと思い、行ってみました。お墓の中の道を通って行くと、お寺から見てずっと奥まった西側にありました。天皇陛下が浩宮さまでいらした時におはこびあそばした記念碑がありました。昭和54年9月との事で、大学生の頃のようです。