霊験あらたかなパワースポット、垂水神社。
垂水神社の特徴
吹田市垂水町の静かな住宅街に佇む、神秘的な雰囲気の神社です。
過去1300年の歴史を持ち、御利益も確かなパワースポットとして評判です。
境内には不動社や戎社があり、自然豊かな鎮守の杜で心が洗われる体験ができます。
吹田市豊津ある古社。住宅街にあるけど、境内は広い。境内に居ると周りが住宅地とは思えない静寂さと荘厳さを感じることできる。皇太社、祓戸社、戎社など数多くのお社がある。また垂水の瀧と呼ばれるお滝が流れていたり、不動明王を祀るお社まである。掃き清められて境内はとても綺麗、御朱印も丁寧にご対応いただき、とても気持ちよく参拝させていただいた。
式内社垂水神社。主祭神は豊城入彦命。相殿に大己貴命と少彦名命とを祀る。阪急千里線の関大前駅や豊津駅から徒歩5分程。千里丘陵に鎮座するので境内まで登るかたちになる。少ししんどい。境内は良く手入れされ、末社も祓戸社・戎社など多い。社名の通り湧き水が今もあり、手水鉢の水も湧き水を利用している。境内裏の森にマンション建設計画が持ち上がった時は氏子一丸となって森を守った全国的にも珍しい神社。
湧水が豊富な神社で由来もそちらからの様です。また不動明王を奉り神仏習合が色濃く残る社です。垂水神社と垂水不動尊の御朱印が頂けます。
吹田市の東西方向に神崎川が流れているのですが、ここに江坂との市境あたりで合流してくる糸田川の上流に、上の川とゆう小川があり、これはもう、暗渠になってしまっていて、豊津交番前交差点から上流では川面を見ることはできません。その、暗渠のフタから再び流れを覗かせる水源地近くにあるのが、垂水神社の境内です。いまではすっかり宅地化して、町のど真ん中に、正にクマでも出て来そうな鬱蒼とした森が広がっている高台で、湧水を絶え間なく注ぎ出す大小二つの滝があります。垂水の本滝、小滝と呼ばれる湧出口は『吹田の三名水(ほかの二つは「泉殿宮(いづどのぐう)湧水」と「佐井の清水」)』の一つに数えられています(この3水源があれば、琵琶湖の水を止められても吹田近郊は生き延びられそう)。垂水神社の参道は、この上の川の最上流の側溝を跨いで、鳥居はなく石柱が建ち、階段を上がってすぐ右が授与所、神社本殿は拝殿を前に置き、参道をそのまま進み、階段を上がった正面に北を背にして南面して建っています。高台で、本殿の東脇には、摂末あわせて3社(皇太・祓戸・戎)が並び建ち、振り返ると吹田市はもとより淀川対岸の大阪市街をも俯瞰できます。で、ここまでが神社のそもそもの境内で、これ以外に、参道入って左手に逸れた奥行きのある境内地は、その最奥にお不動さまを祀る不動社の建つ、神秘的な雰囲気の境内が続いています。これはもう、振り返らなければ深山幽谷の函谷関そのものの様相を呈し、近世までは習合の歴史があったことが容易に窺い知れます。もともと境内西域には栽松寺とゆうお寺があったそうなんですが、明治期に廃され、そのままでも問題なかったものの、篤い信者がたくさん住んでいたことから、不動明王を祀る不動社が建てられて、現在に至っているそうです。護摩堂のある不動社に近づくにつれて、境内は徐々に上段へ上がっていきます。途中参道山側には、その小滝から始まって、楠・大神・本滝・高登・政髙と摂社が並びます。仏教密教とは信仰上の分離は経ているものの、今もなお、神社授与所では護摩木が頒布されて神職による神道護摩の斎式(不動社祭)が執り行われています(垂水不動尊の神札も頒布しています)。神道では全国の他社でも護摩焚は珍しくはないのですが、この斎式は一度は見る価値のあるもので、ほぼ毎月15日に執り行われていて、みんないっぱい集まってきます。埼玉秩父の今宮神社は、奈良の金峯山から修験僧を招いて護摩修法を執行していますが、ここは、純粋に神道護摩を焚きます。この垂水神社の森は、開発の波が押し寄せても神社、氏子や崇敬者が一丸となって死守した戦後の事績の結果の上にあり、ご神徳に守護されている様が分かります。万葉集にある「石激 垂見之上乃 左和良妣乃毛要出春尓 成来鴨(いしばしる たるみのうえの さわらびの もえいづるはる になりにけるかも/志貴皇子)」のうたは、まさに当地を詠んだ首として境内に句碑が建立されています。阪急電車の千里線、豊津駅西側出口を出て、島津交番前の交差点を西へ一方通行の道に入って進む(クルマも同じ)、最初の信号機のある辻を北へ右折(雉子鳴き道に入る)、突き当たったら西へ左折すれば、ほどなく右手に境内が見えてきます。駐車スペースは同じ場所の社務所を挟んだ東側。
緑いっぱいのきれいな神社。参拝させていただきました。
八十嶋祭に名を列ねる垂水神社 史料に見られるのは 平安時代 文徳天皇即位時850年〜鎌倉時代 後堀河天皇即位時1224年まで 計22回行われたとされる即位儀礼の一つ往古 難波津(現:大阪城辺り)周辺に形成されていた島々 難波八十島を国土の大八洲にに見立て 国土の発展や朝廷の安泰を祈る祭祀生島神・足島神(生國魂神社)を主神とし住吉神(住吉大社)大依羅神(大依羅神社)海神(不詳)垂水神(垂水神社)住道神(中臣須牟地神社)などを祭神とする起源を辿れば河内王朝まで遡るといわれ それらを含めて固定されたものでなく 当初 難波津周辺の島々で行われていたものが もと難波津にあった生國魂神社で斎行されるようになり 後は住吉大社周辺となり 時代とともに その内容も変化していったと私は思っていますご由緒にありますように 旱魃に苦しむ孝徳天皇の御代 難波長柄豊碕宮(前期難波宮:日本初の首都)へ水を供され 朝廷からの信頼を厚くし「垂水公」の姓を賜り創建への運びとなり その後も祈雨のみならず それに纏わる数多の貢献により「延喜式神名帳」では名神大社とされる事から やはり 「垂水の瀧」の御神威が いかに偉大であるかが窺われます(主祭神の豊城入彦命様 真にもってごめんなさい🙏😅)実際 拝殿及び三社の参拝を済ませ 西の階段を降りたところ 世界が一変 陰陽の如く ひんやりと張り詰めた空気感に身を正し「これが森羅万象 自然神の力なのか」と思いつつも何かが迫って来る? と言うか圧が凄い………「えっ!」案の定 垂水の御瀧様には拒絶されてしまった 清掃中とはいえバリケードで固く阻まれ なす術がない「あなた様の御心に従います🙏」私が生臭い人間だと見透かされていたようです😅💦入れたとて ここは土足厳禁のようで履き替え用のスリッパが置かれてあり かつては文字通り瀧となって湧き出ていた一番神聖な場所のようです 眷属でしょうか 「津くよみの池」の錦鯉様にも ご挨拶させて頂きました🙏千里ニュータウンなどの宅地造成 昭和の万博により姿を変えた丘陵 緑豊かだった面影を鎮守の森に見る事が出来ました 近年もマンション開発の危機に瀕したと聞きます大変な ご苦労だと思いますが 此れからも幾久しく守り伝えて頂きたいと願います🙏
垂水の滝の湧き水を気持ちばかりの感謝金をお賽銭箱に納め、2リットルボトルに頂いた。頂くさいには、備えられたのサンダルに履き替え頂く。大滝で頂く際には水が跳ねてびしょ濡れになる。タオル持参は必須です。神社のお庭も大滝の水くみ場も、美しく竹箒で掃き清められていました。お水、ありがたく頂戴しました、感謝🙏
霊験あらたかで、確かな御利益の有る、真のパワースポットです。
2024/01/01の朝9時くらいに行きました。全然混んでなくて、まったりゆっくりお参りできました。入口(鳥居)に向かって右側に自転車や車の駐車場があり、便利です2025/01/01朝11時ですでに参道まで行列だったので、一度帰って再度、18時くらいに来たら参道の1/3くらいまでになってなので並びましたが、そこから30分かかりました。10時前か19時以降かがならばないのだろうと思います。
| 名前 |
垂水神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
06-6384-1526 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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周辺は道が狭いのですが平日ならさほどの交通量ではない駐車場も整備されていて境内はいろんなアイテムがある。