舞岡八幡宮近くの庚申塔、歴史を感じる瞬間。
庚申塔・出羽三山供養塔の特徴
舞岡八幡宮の鳥居の手前に位置する庚申塔です。
目の前には広がる田んぼのある風景があります。
出羽三山供養塔や五輪塔も隣接して佇んでいます。
2025/8/9 (再再)2022/12/10・2024/7/23に投稿したが最近の写真と共にあらためて投稿する。①出羽三山供養塔 (尖頂方柱/文字)「月山 湯殿山 羽黒山 供養塔・干時文化十 癸酉 天閏十一月吉良~天下泰平國家安全 祭主 関伯(耆)・東叡山御持 羽黒山別當講中 山先達 長◯◯」ー1813年建立。②庚申塔 (笠付方柱/阿弥陀如来/三猿)「(相州)鎌倉郡(舞岡)村 願主十五人・寛文六丙午年 十月十三日~祈◯星移三七辰天無説者守庚申~今年今月当今日供養恭敬庚楽己・住山十九世(孫雪岑)◯◯言(焉)」ー1666年建立。文化財指定になれる古さだ。風化した文字は読み辛く、資料を参照し写真と照合した。裏面の文言の意味:星の運行に祈り、語らずして庚申を守る・本日この特別な日に敬意をもって供養を行い、己の心を楽にする。左面について:”住山”は曹洞宗寺院で良く用いられると云う。その第19代住職”孫雪岑”(そんせっしん)の書のようだ。記録では鶴見寿徳寺に5世”雪岑秀存”大和尚(総持寺20004世に瑞世するも年不明)の名が有り、”孫雪岑”はその流れを汲むと思われる。ただ寛文6年で既に19世というからには相当歴史の有る寺院と考える。瑞世:天皇・朝廷より勅書を受けて総持寺に一夜住職を勤めること。
舞岡八幡宮の鳥居の手前にある庚申塔、出羽三山供養塔、五輪塔。この社は人気で、少し石塔を見に来ただけだったが、何組も参拝に入っていく人たちを見た。庚申塔を正面、側面と見ても年代らしい記述が見当たらず、困ったのだが、帰ってから調べてみると裏に書いてあるらしい。なんと。
庚申塔には相州鎌倉郡舞岡村 願主…とあるようだ。また、裏側に寛文六丙午年とあるように見える。正しければ1666年。すぐ先にある舞岡八幡宮内で見つけた祠に願主舞(奥と界が混ざったような字)村ともあり、また関係者の方に尋ねると「舞岡村 と呼ばれる前は 上村 と呼ばれていたこともあったたかなぁ」との説明も受けた。
| 名前 |
庚申塔・出羽三山供養塔 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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舞岡八幡宮の鳥居の左脇、畑に入り込むような(すぐ後ろが田んぼです。本当にこの辺の景色は素晴らしいですね!)形で3基の石塔が祀られていました。この内の右にある庚申塔について記載します。唐破風笠付角柱型の庚申塔です。阿弥陀如来立像、三猿で構成されています。左右また背面の文字については、風化が進み辛うじて目視で確認できますが詳細については資料を転載させていただきます。右側面に「相州鎌倉郡舞岡村 願主十五人」左側面に「住山十九世孫雪岑□□言焉」背面に「寛文六丙午年 祈□星移三七辰天無説者守庚申 今年今月当今日供養恭敬庚楽己 十月十三日」(1666)と刻まれているようです。寛文六(1666)とは、神奈川県内でも相当な古い年代の庚申塔になりますね。また刻まれている文字の内容についても大変興味深く、EK様の解説が素晴らしいです。