明治29年の港、散歩とワルツ。
日本初のワルツ「港」の作曲碑の特徴
港の見える丘公園の景色と一緒に楽しめるスポットです。
日本初のワルツとしての歴史的価値が感じられる場所です。
明治29年に発表された唱歌港が記念されています。
ベンチが3つ設置されていました。のんびりできました~
2025.7.11 横浜観光で、港の見える丘公園を散歩する。明治29年(1896)年に発表された日本初のワルツとして知られる唱歌「港」の作曲碑が、2014年6月22日に港の見える丘公園の霧笛橋前広場に完成し除幕式が行われたそうです。1902年(明治35年)に作曲された『美しき天然』~チンドン屋の定番曲として有名~も日本初のワルツとして紹介されているようですが、どっちなんでしょうね。ワルツの定義の解釈の相違によるものなのでしょうか?
明治29年(1896年)に発表された唱歌「港」は、三拍子のリズムを持つ日本初のワルツとして知られ、文部省唱歌に公式収録されました。作曲家・吉田信太が横浜・本牧で暮らし、横浜にもゆかりが深いため、ここ港の見える丘公園霧笛橋近くに小さな作曲碑が平成26年に建立されたようです。しかし歌詞のモデル地としては、広島・宇品港(現在の広島港)を詠んだという説が地元で定着しており、昭和50年に宇品中央公園にも、かなり大きな歌碑が建立されています。ただし、歌詞が具体的に宇品港を示す表記を含むわけではなく、作詞者・旗野十一郎の記録も明確な往来の痕跡は不明とされます。歌碑は横浜(作曲家出身地)と広島(歌詞のモデルとされる地)にそれぞれ存在し、教育現場では宇品港説が主流です。文部省唱歌として学校教育で扱われていた背景もあり、広島では宇品港を詩情の舞台と位置付けて今でも教えられています。
明治29(1896)年、唱歌「港」が旗野十一郎氏作詞、吉田信太氏作曲で発表された。この曲は日本初のワルツとして知られ、港がにぎわう様子を描いたもの。吉田氏が本牧に住み、県内で教壇に立つなど横浜に縁が深いことから、市民有志らが募金活動を始め、この地に碑が建立された。S19
| 名前 |
日本初のワルツ「港」の作曲碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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