七戸城跡で春の散歩を。
史跡 七戸城跡(柏葉城跡)の特徴
七戸城跡の復元された東門は、重要な見どころです。
青岩寺に移築された城門が、歴史を感じさせます。
七戸の街を望む高台で、散歩コースに最適です。
八戸南部の史城で下北の安東に対峙する重要な拠点。が、1456年の蛎崎戦争に敗れた。七戸の町が一望に見渡せます。グッとな公園です。
七戸城唯一の建築物の遺構として青岩寺に城門が移築されているので、城跡には復元された東門が見どころとなるが、当時のものは堀の跡など地形がみられるだけです。本丸跡には神明宮があり、城跡は芝生がきれいな柏葉公園として利用されている。七戸城の御城印はJR七戸十和田駅にある観光交流センターで買うことができる。
いかにも城跡といった起伏のある地形。歩き回るには少々体力が必要です。国指定史跡だけあってきれいに整備されています。
七戸の街を望む高台にあり、ちょっとした休憩場所もありました。落ち着いた雰囲気の史跡で散策にも適しています。
時間ある時に散歩したい。
散歩コースに最適かも!
6月下旬、初めて見学に来ました。東門は昔の雰囲気がありますね。入ってすぐの緑が豊かで綺麗です。丁度、花菖蒲が咲く時期でした。
2021年8月8日に見学しました。建武2年1335年にこの地を安堵されたのは、南部政長であり、戦国時代末期まで、彼の子孫が七戸南部氏として君臨しました。天正19年1591年「九戸政実の乱」において、七戸南部氏は、政実に味方したため、宗家である三戸南部氏と対立することになりました。奥州仕置で羽柴(豊臣)秀次軍に敗れ、七戸南部家は断絶しました。戦後処理として南部信直は、慶長2年1597年に南氏の血筋の七戸隼人正(はやとのしょう)直時を2千石で城主にしました。寛文4年1664年に城主であった重信が第29代盛岡藩主になったため、それ以後、盛岡藩の直轄地となりました。そのため、代官所となりました。
七戸の景色を一望できるし、散歩や観光にはいいところです。
名前 |
史跡 七戸城跡(柏葉城跡) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.7 |
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情報が少なかったので あまり期待はしていませんでしたがとても良かったです。七戸十和田駅の観光案内でもう少し把握してアピールしたら良いのでは?よくある事ですが案内する人が現地をよく知らない事が多いですね。