明倫館正門を訪ねて、舞鶴の歴史を感じる。
明倫館移築校門の特徴
明治初期の明倫館正門が残る貴重な史跡です。
江戸時代に設置された藩校の門を移築した重要な文化財です。
舞鶴市の指定有形文化財としても価値が高いスポットです。
明倫館は江戸時代、田辺藩の藩校として設立されました。当時の正門が移築されて現在は小学校の門として威光を放っております。
明治初期の「明倫館正門」が今も小学校の「門」として残っていることは、とても重要で貴重な文化財ですね。 小学生たちがこの門から巣立っていったんですね。夜でしたので重厚感が増しますね^^;
明倫小学校の前進である江戸時代に田辺藩により設置された藩校の「明倫館」で実際に使われていた門を移築したもので大変由緒のあるもので舞鶴市の指定有形文化財でもあります。とても重厚感のある立派な門で時代劇に出てくる代官屋敷に見られるような迫力がります。そんな由来の門が正門となっているため、小学校を囲む一部の塀は武家屋敷のような意匠になっています。小学生の頃はそんな由緒ある学校に通っていたこと、学校内に歴史的に貴重なものがあることなどは気にもしない生徒が大半だろうと思いますが卒業後に地元の歴史を学び、歴史のある小学校に通ったことを後で気が付いてくれると良いのではないかと思います。
田辺城見学の際に立ち寄りました。
明倫館の門ですホントの場所は違うらしく60mくらい移動、移設されました。普段は使用してないらしく卒業式の時に使うと田辺城資料館のスタッフに教わりました。とても良いですね。
| 名前 |
明倫館移築校門 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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明倫館移築校門(舞鶴市指定有形文化財)は、西舞鶴駅の北西700mほどの京都府舞鶴市南田辺の田辺城跡のそばに建立されています。田辺藩の藩校であり、多くの学者を輩出した「明倫館」の門を移築したものです。現在は舞鶴最初の小学校の「明倫小学校」の門として用いられています。普段は閉まっていますが、入学式や卒業式などの特別な時に開かれ、記念写真を撮る様子が見られます。天明年間(1781〜1789年)藩校明倫斎として創立されました。文久年間(1861〜1864年)明倫館と改称されました。明治5年(1872年)学制の領布により明倫校と改称されました。「明倫」とは孟子滕文公篇の一説「庠序学校を説為して以って之を教う(云々)皆人倫を明らかにする所以なり」(人の道を明らかにして教え導く学校の意)より名づけられました。明倫館正門、は切妻(むくり付き)、桟瓦葺き、一間一戸、薬医門形式、向かって左側潜戸付きです。