南部師行公の騎馬像、歴史の息吹!
南部師行公騎馬像の特徴
櫛引八幡宮とも関係の深い南部師行公の騎馬像です。
八戸市博物館の前に立つ、立派な銅像です。
鎌倉時代後期の武将・南部師行公の像が魅力的です。
鎌倉・南北朝時代の武将。南部氏は甲斐国にルーツを持つ一族で、師行は南朝の北畠顕家に随行して八戸に移る。最期まで南朝方に立って足利尊氏と戦い、最期は大阪で高師直に敗れて討死した。
根城入口に建っています。山梨に南部とゆう地域があるのですが、子供の頃から南部藩とかの言葉を聞くと、何か繋がりが有るのかなあと思っていましたが、やっぱり甲斐出身だったんですね。
博物館正面に設置。堂々たる藩祖の当時の面影が伝わってくるようです。
根城を築城した武将。博物館の前にあるかっこいい姿の像。
藩祖と言っていいのかな。南部氏のはじまりの方。室町風の鎧姿。
馬は、当時の時代考証と異なります。
南部師行は根城南部氏の祖である。建武の新政の時代、陸奥守北畠顕家に従って陸奥の国多賀城に下向した。顕家に糠部(ほぼ今の南部地方)郡代に任じられ(1334)根城を居城として北奥羽の鎌倉幕府方残党の制圧にあたった。足利尊氏の離反で南北朝内乱となるが、師行は所領を弟の政長に任せ、南朝方の顕家に従って上洛(1337)。当初は奥州騎馬軍団をもって破竹の勢いで北朝方を破るが、戦力の消耗とともに苦戦を強いられ、1338年の石津の戦いで顕家ともども討ち死にする。まことに忠義の武将である。この史実があったればこそ、戦国、江戸期を通じて、南部氏は田舎なれども、一目置かれ続ける存在であったのだ南部師行公騎馬像は、まさに根城城址にある博物館にふさわしい。
凛々しいお姿、櫛引八幡宮にも関係があるそうです。
立派な像だが…人物がわからない。
| 名前 |
南部師行公騎馬像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0178-44-8111 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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