明治天皇の歴史を感じる場所。
明治天皇大喪儀葬場殿址の特徴
聖徳記念館の裏手に位置する、隠れた歴史のスポットです。
明治天皇の轜車が安置された葬場殿跡地で、歴史的意義が深い場所です。
当時の青山仮停車場の跡地に立つ、歴史の重みを感じる憩いの場です。
聖徳記念館の裏手にひっそりと佇んで居ます知っている人は知っていると言うレベルです天皇家の歴史に興味ある方は行ってみてはどうでしょうか。
歴史が残ってる。どれくらいの人が目に留めるか。木は大きくなって、なかなか良い。
明治天皇と東京の人々との「お別れの場所」轜車(じしゃ)が安置された葬場殿の跡地で、葬場殿の後ろには当時、臨時駅として青山仮停車場があったそうで、千駄ケ谷駅からの引き込み線を使って、お棺は京都の桃山に向かったそうです。(産経新聞web newsより抜粋)そんな場所がイチョウ並木の奥の奥の終点にあったとは知りませんでした。
絵画館の駐車場を通らずとも、外苑の外側から来ることが出来ます。外苑料金所のあたりに小さな道があります。
明治天皇の大葬が当時の青山練兵場で行われた際に、ここに御柩車が置かれた葬場殿があった場所です。この地には、石碑と共に楠の木が植えられました。その楠は今では仰ぎ見る程の大木になっています。
明治天皇の御柩車が置かれた葬場殿跡。駐車場のスペース真ん中に楠と共に石碑があります。
歴史の重みです。
明治天皇の葬儀に辺り霊柩車となる馬車が留まった場所である事を伝える為に植えられた木です。
| 名前 |
明治天皇大喪儀葬場殿址 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
〒160-0013 東京都新宿区霞ヶ丘町1−1 明治神宮外苑聖徳記念絵画館 |
周辺のオススメ
明治神宮外苑聖徳記念絵画館裏手に有ります。看板も目立たず気がつかない方も多いかもしれません。ここで明治天皇の棺が置かれ、最後のお別れをする場所となったそうです。現在の「明治神宮外苑」一帯は、江戸期には武家の屋敷や寺院などが集まる地で、これらの土地は、明治期に収用され広大な「青山練兵場」が開設。明治後期にはこの練兵場の土地を転用し、博覧会会場とする計画が進められたが実現せず、明治天皇崩御後に「明治神宮外苑」として整備されたそうです。「クスノキは寿命が長く、諸説ありますが、永遠性を象徴する木、神が宿るとして神社の御神木などで使われていますのでこの木が使われたのかもしれません。