春の桜と夜の灯、紀尾井坂の美。
紀伊和歌山藩徳川家屋敷跡の特徴
東京ガーデンテラス紀尾井町と弁慶橋の間にひっそり立地する史跡です。
桜の時期や夜のライトアップに見惚れる美しいスポットです。
紀尾井坂の歴史を感じられる貴重な紀州藩屋敷跡があります。
徳川御三家の一角、紀州徳川家屋敷跡。付近には尾張徳川家や譜代筆頭の井伊家の屋敷があり、一帯を紀尾井町と呼ぶ。
2026年4月3日夕方に行ってきました。ちょうど桜が綺麗で、撮影で立ち止まる人もいました。歩道はそんなに狭くないので、立ち止まっても問題なく 、ゆっくり過ごせます。
赤坂見附の交差点から北へ。お濠を渡ると千代田区紀尾井町。紀尾井町の名前の由来となったのは三つの大名屋敷。幕府は江戸城の西の守りを重視し徳川御三家など、この地に置いたと云われています。それぞれの大名屋敷の跡地には、その歴史を伝える石碑が。三つの大名屋敷は複合ビル、ホテル、大学などに変貌を遂げています。
御門の跡はない赤坂御門があった場所。石碑には紀伊和歌山藩徳川屋敷跡とあるが調べてみると実際は道路反対側ガーデンタワー ホテルニューオータニ東京の地が紀伊和歌山藩跡地。ガーデンテラス側は出雲松江藩跡地のようだ。堀にも当時の石垣の跡が見られるが、ガンシップ 東京店のビル中からも中庭に石垣が散見される。紀尾井町と言う地名も紀伊、尾張、井伊の屋敷があった名残として今も使われていて江戸時代の名残を感じる地である。現在は、堀の一部で釣り堀などもやられてる。
紀尾井町の入り口にある紀伊藩の屋敷跡の碑。弁慶濠沿いに広がる東京ガーデンテラス紀尾井町一帯は、徳川御三家のひとつ紀伊徳川家の上屋敷があったそうです。紀尾井町というのが紀伊、尾張、井伊の屋敷があったことから取った名称ですからね。紀伊徳川家は御三家の中では格は尾張に次いで2番目。紀伊藩初代藩主は、徳川家康の10男頼宣。8代将軍吉宗、14代将軍家重はこの紀伊藩から出ています。東京ガーデンテラス紀尾井町敷地内にも、屋敷の石組遺構の一部が移築されています。
せっかく大きな施設にあるのでもうちょっと歴史を感じられるようにしてくれるといいな。
東京ガーデンテラス紀尾井町と弁慶橋の間にひっそり立地しています。
「紀尾井坂の変」でも有名な紀尾井坂は、清水坂の周りにあった武家屋敷のそれぞれ一字ずつから「紀尾井坂」と呼ばれるようになりました。紀州徳川家の「紀」、尾張徳川家の「尾」、彦根藩井伊家の「井」です。こちらは、紀州和歌山徳川家の屋敷があった場所です。紀州徳川家からは、8代将軍吉宗、14代将軍家重を輩出しています。武家屋敷は弁慶濠沿いにあり、跡地にある「東京ガーデンテラス紀尾井町」内に石垣等の遺構も残されています。
「紀尾井坂の変」でも有名な紀尾井坂は、清水坂の周りにあった武家屋敷のそれぞれ一字ずつから「紀尾井坂」と呼ばれるようになりました。紀州徳川家の「紀」、尾張徳川家の「尾」、彦根藩井伊家の「井」です。こちらは、紀州和歌山徳川家の屋敷があった場所です。紀州徳川家からは、8代将軍吉宗、14代将軍家重を輩出しています。武家屋敷は弁慶濠沿いにあり、跡地にある「東京ガーデンテラス紀尾井町」内に石垣等の遺構も残されています。
| 名前 |
紀伊和歌山藩徳川家屋敷跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-5212-9057 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/tokyo/rekishi/index.html |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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弁慶橋前、皇居外濠の西端に「紀伊和歌山藩徳川家屋敷跡」と記された標があるのみ。形ある物は残っていないが、周辺は何となく“格”の高さ感じる街並み。昔、有力大名の屋敷が沢山あったのも納得。