府中の街で日露戦役記念碑を訪ねて。
日露戦役記念碑の特徴
日露戦役記念碑は大国魂神社近くに位置している記念碑です。
鳥(金鵄)が上にある独特な建造物が魅力です。
元師・伯爵野津道貫の書によって築かれた歴史的な碑です。
大國魂神社の参道近く、欅並木から少し脇に入った場所にあります。午前11時頃に訪れましたが、メインの通りに比べると人が少なく、落ち着いて眺めることができました。大きな石碑の頂部にある、翼を広げた猛禽類の像が目を引きます。石碑の下にある石組みや、手前にある石灯籠も含めて、歴史の重みを感じさせる佇まいです。天然記念物に指定されている欅並木のすぐそばに位置しているので、散策のついでに立ち寄りやすいです。少し奥まった場所にあるためか、静かな時間が流れていました。駐車場は神社の専用駐車場か、周辺にあるコインパーキングを利用することになります。午前中であれば満車の心配も少なく、スムーズにアクセスできるかと思います。
府中の街を散策している際に、日露戦役記念碑へ立ち寄りました。落ち着いた場所に建てられており、地域の歴史や当時の出来事に思いを巡らせることができる貴重な史跡です。記念碑は丁寧に管理されていて、周辺もきれいに整備されているため、ゆっくりと見学することができました。派手な観光スポットではありませんが、歴史を大切に受け継いでいることが伝わってきて、街歩きの途中に立ち寄る価値があると感じます。大國魂神社や馬場大門のケヤキ並木など、周辺の歴史スポットとあわせて巡ることで、府中の歴史や文化をより深く知ることができました。歴史に興味のある方はもちろん、府中の魅力をゆっくり味わいたい方にもおすすめできる、印象に残るスポットでした。
日露戦役記念碑です。
日露戦争の記念碑は色々な神社にありますが、上に鳥(金鵄?)の彫刻が付いているのは珍しいです。流石、武蔵の総社という感じで迫力と威厳がありました。
大国魂神社の大鳥居をくぐり抜け、参道をしばらく進み、右手のふるさと歴史館の先、手水舎の手前に建立されています。以下は大国魂神社ホームページより抜粋。日露戦役記念碑(明治40年3月)石碑表には、元師・伯爵野津道貫の書により「日露戦役記念」裏面には米庵流の書家本田退庵の書による出征軍人の名が刻まれている。野津道貫の書なんですね。感慨深いです。薩摩藩出身で、司馬遼太郎の「坂の上の雲」にも登場。戊辰戦争で従軍し、鳥羽口や会津、函館と転戦して活躍。明治10年、西南戦争では第二旅団参謀長として田原坂などで指揮を執った。明治27年の日清戦争では第五師団長として出征し、平壌攻略戦では自ら手勢五千を率いて戦功を挙げた。途中で山県有朋の後任として第一軍司令官に任じられ、戦時中の明治28年に大将に昇進。凱旋帰国後は近衛師団長、近衛師団長、東部都督、教育総監、軍事参議官などを歴任し、明治37年に日露戦争が勃発すると第四軍司令官として出征した。第四軍は中堅軍的な位置付けで、戦線が膠着しがちな敵正面を担当することが多かったが、両翼に展開する他軍と連携し各会戦を勝利に導いた。戦後、元帥となり貴族院議員も務めたが、明治41年に死去。(「坂の上の雲」ファンサイトより)
日露戦役記念碑(にちろせんえききねんひ)は元師・伯爵野津道貫の書になります。裏面には米庵流の書家本田退庵の書による出征軍人の名が刻まれています。
| 名前 |
日露戦役記念碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0532-51-2650 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.8 |
| 住所 |
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