十思公園で伝馬町の歴史を学ぼう。
伝馬町牢屋敷石垣遺構の特徴
実物の写真や説明を読みながら楽しめる体験が魅力です。
江戸時代の伝馬町牢屋敷の遺構を間近で見られる貴重なスポット。
中央区教育委員会による平成24年の発掘調査結果が見どころとなっています。
江戸時代、この地には牢屋敷がありました。天正10年(1500)、江戸に徳川家康が入った当初は、牢屋敷は常盤橋門外、今の日本銀行あたりに置かれていました。ここに移転したのは長18年 (1513)ころといわれ、その後は江戸時代を通じて屋敷がありました。明治新後、明治8年(1875)に市ヶ谷の監督に囚人を移し、この地の平屋敷は取り壊されました。 平成24年の発掘調査では、ここに復元した石をはじめとして、複数の石垣の連なりが発見されました。宇屋敷は高さ約2.4mの高い塀で囲われていたようですが、出土した石垣はさらにその内側でもしっかりと敷地内を仕切っていたことがわかっています。このほか、多数の上水木樋が見つかっています。木で組まれた水道管が地中に埋められたもので、神田上水から引き込まれたものと思われます。ここに展示してあるのは、石垣を出土時とほぼ同じかたちに積み直して移築復元したものです。これ以外のものには、当時の姿ではありませんが、同じく中屋敷から出土した石を使って積んだものもあります。
一帯は江戸時代に牢獄と処刑場があった場所です。吉田松陰が処刑された場所で終焉の地の碑があります。是非セットでお立ち寄りください。
小伝馬町駅近くの十思スクエア別館脇にある伝馬町牢屋敷石垣遺構の説明版。
実物を写真と説明を読みながら見られるのでとてもよかったです。
江戸時代の「伝馬町の牢屋敷」の遺構です。この石垣は、十思小学校が区の施設に改築されるなど一連の工事を契機として、平成24年(2012年)の調査で発見されたものです。私が小学生の頃、このあたりまで遠征して遊び回っていたものですが、具体的にこのような遺構が眠っていたとは驚きでした。
平成24年に中央区教育委員会が発掘したもの。素晴らしい!
十思公園は、伝馬町牢屋敷があった場所で、実際に発掘調査された結果、石垣等の遺構が発見されています。その遺構の一部が公園の隅に展示されています。建物が残されている訳ではありませんが、伝馬町牢屋敷がこの場所にあったことを実感します。大きな石を並んだ石垣跡を見ると、牢屋ではなく、監獄のような場所だったことがよく分かります。実際、市谷に監獄が移されるまで、伝馬町牢屋敷は明治維新後も監獄として利用されていました。
時代小説を読んでいたら何となく来てみたくなり散歩がてら寄ってみました。
松蔭先生、黙祷!
| 名前 |
伝馬町牢屋敷石垣遺構 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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かつてあった伝馬町牢屋敷の遺構を発掘復元したもののようです。発掘当時の説明も図入りでわかりやすくを書かれています。かつてこの地に牢屋敷が本当にあったことを実感できる展示でした。