浪岡城と桜、静の美。
浪岡城跡の特徴
浪岡城址は岩木山を背景に美しい夕日が楽しめるスポットです。
桜の季節は隠れた名所として、訪れる価値がある魅力的な場所です。
日本に一つしかない土塁の設備があり、歴史的な雰囲気を感じられます。
2018年9月7日2018年9月6日-10日、仙台で開催される定禅寺ストリートジャズフェスティバル期間に合わせ青森県(浪岡城、弘前城、根城)、岩手県(九戸城)、宮城県(白石城)にある100名城、続100名城巡りをするため車中泊を含め4泊5日高速バス、レンタカー、在来線移動の旅青森駅前でレンタカーを借りて最初の目的地、波岡城に登城波岡城は、青森県青森市浪岡地区にあった中世の城館で、南北朝時代から戦国時代にかけてこの地域を支配した浪岡北畠氏(きたばたけし)の本拠でした。◆ 歴史的背景・南北朝期、北畠顕家の後裔が津軽へ移り、浪岡に土着して成立したのが浪岡北畠氏。・波岡城はその居館として整備され、周囲に複数の館・郭を持つ平城(ひらじろ)形式の城館群だった。・1585年、津軽為信の津軽統一戦の過程で攻められ、浪岡北畠氏は滅亡。・これにより波岡城も廃城となった。◆ 城の構造・平地に築かれた館形式の城で、堀・土塁・曲輪が配置されていた。・主郭(本丸)を中心に、周囲に複数の郭(館)が連なる構造。・現在は遺構の一部が確認でき、周辺は史跡公園として整備されている。◆ 現在の様子・「浪岡城跡」として国の史跡に指定。・土塁・堀跡が残り、散策路が整備されている。・浪岡北畠氏の歴史を紹介する資料館も周辺にある。
浪岡城跡 国指定史跡続日本100名城 浪岡北畠氏のお城🌸桜がきれい🌸 城跡が素敵です。御城印は青森市中世の館でいただきました。
職場の上司におすすめされたまたま近くを通ったので立寄り。平城のお城で近くに行くまでお城が本当にあるのかと思いますが突然現れます。お掘りもあり史跡に指定されていて整備されており、当時の建物の跡などが窺い知る事が出来ます。桜の名所で満開になればとても綺麗だと思われます。弘前城址公園、青森市内の桜は満開でしたが浪岡城址の桜は五分咲きで少しズレがあるようですが綺麗でした。
続名城No.103スタンプは案内所で押せました♪此方に散策マップ(無料)を手にして登城開始!マップのコースどり通りに散策…北館(きただて)城内最大です、途中案内板有り!堀が全体に張りめぐされていて、各曲輪を木の橋で渡ります…老朽化しているので足元注意ですょ(^^;)内館(城主居館)の西側に曲輪に登って入る坂虎口有り…素人なので確認出来ませんでした(*´-`)此方も桜の綺麗な城跡♪弘前城からの城攻め(笑)ですが、桜の種類が違うのか、天候なのか、まだまだでした(^^;)近くの中世の館に寄ってからきた方が良いと思います!案内所には散策マップしかないので…御城印も中世の館でした♡築城は浪岡北畠氏(なみおかきたばたけ)1460年1578年に津軽為信氏(つがるためのぶ)に攻められ落城しております…このお方初代弘前藩藩主です!落城記念の御城印がありましたよ…この手のは初めて見た(゚o゚;;でわでわ、北条方からの遠征終了撤収します(^_^)お気をつけて!
検校館、西館、内館、北館、外郭、東館、猿楽館、新館と一周しましたが、事前に中世の館を見学した方が良いです。パンフが重要。案内所は駐車場とトイレだけ。北と東が道路で分断されています。北の外郭も東の新館も民家が建っているので眺めるだけです。北館を見学すると井戸や建物跡がわかって西館、内館、東館、外郭の一部が遠望できるので時間の無い方にはおすすめ。台地の端なので南側はけっこうな崖です。
続日本100名城 #103 浪岡城中世に建てられた土塁が郭を囲む形状のお城。のちに浪岡北畠家が治めた由緒ある城でもある。今はすっかりと夏草に覆われ往時を彷彿とするものは少ない。専用駐車場の脇に無人の資料館はあるが、国道7号線から向かう手前にある青森市中世の館(入館は有料)に寄ってから見に行くと理解が深まる。また弘前城のように、こちらも🌸桜が名物のようなので春の訪問が良いかも。
続日本百名城にありがちだが、行ってみると特に何もない。兵どもが夢の後である。ここもまさに夢の後。広い敷地は公園のよう。遠くに岩木山がよく見える。2025年5月23日訪問。資料館のトイレは壊れており工事中のため使えなかった。近くのファミリーマートが便利でよかった。
手入れはよくされていて、散策し易いです。ただし、木製の橋を何度か渡る必要があり、大丈夫とは思いつつ少し怖いです。案内の表示も多く設置されていますので迷うこともないと思います。しかし、北館に行くと急にちょっとした立体迷路っぽくなるので少し迷うかもしれません。浪岡城跡案内所前が無料駐車場となっていて、建物の隙間から散策コースへ入っていけます。なお、夏場は虫が多いので長袖長ズボンをお勧めします。
北畠氏史跡。2020年10月18日来訪。南北朝時代、南朝に与した北畠顕家やその弟、顕信の子孫といわれる浪岡北畠氏により、1460年代に浪岡城を築城ということであるが、浪岡北畠氏は、その出自や浪岡で勢力を築く過程に様々な説があるようで、はっきりしない。一説には南朝方に与していた南部氏が、北畠顕家死後、顕信や顕家の子の顕成を庇護していたが、その後南部氏が幕府に帰順し、北畠氏を庇護することができなくなり、北畠氏は浪岡に移ったとか。室町期には、津軽田舎郡から外浜、西浜まで勢力を維持し、戦国時代には、北畠氏は大光寺氏、大浦氏と共に、津軽を三分する勢力となった。しかし1562年、北畠氏庶流の川原御所の具信親子が浪岡御所を急襲し、当主北畠具運を討ち取るが、討ち入った具信親子も討ち取られてしまったという川原御所の乱が勃発。これにより幼少の顕村が跡を継ぐが、北畠氏は弱体化し、1578年、大浦為信に攻められ、浪岡城は落城、北畠氏は滅亡した。城の案内板には、浪岡城は、幅20m、深さ5mの堀二重堀で区切られた、8つの館(曲輪)が扇状に広がる形が特徴で、土塁上も通路にして、城全体を迷路のようにしていたと記載されています。館間には橋がかけられており、館内には木柵で通路が設けられ、短い柱を立てて、建物があった場所や形状を復元しており、迷路を楽しむ感じで見学できました。時間があれば、すぐ側にある「青森市中世の館」で浪岡の歴史を学んでから、見学した方が面白いかと思います。標柱しか立っていませんが、川原御所も近くにあります。
| 名前 |
浪岡城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0172-62-0363 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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平日の昼に訪れました。始めに案内所に立ち寄ってパンフレットを入手してから回るのをおすすめします。動線は手入れされているので迷うことは無いですが、堀や土塁は草が生い茂っていてちょっとわかりにくいためです。また、内館の地域では雑草の種子や花粉が足の裾につくので、気になる方は足首まで隠れる服装をおすすめします。1時間弱で回れると思います。