小平市の用水文化、感じるひととき。
小川用水の分水地点の水門です。小川用水は玉川上水の分水で明暦二年(1656年)の開削。当初は小川橋の下流から分水され今の立川通りに沿って流れた後、現在の上宿小学校を過ぎて北上、この場所で青梅街道とぶつかり街道の南北に分水されます。その水門がこちらです。小川用水の開通により青梅街道の南北に宿場町が作られ、東から下宿・中宿・上宿と呼ばれました。その名は地名や建物に残っています。水門によりそれぞれの流量を調節しますが、渇水期などには他所への水門を狭くし自らへの水量を確保するなど不正があり住民や村同士の諍いになることもあったようです。我田引水の由来です。
名前 |
小川用水分水水門 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
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最近私用で小平市へ足運ぶことが多くなりました。小平市を含め武蔵野・西多摩地区は用水路が町中のところどころ流れています。先人の生活の知恵から、この地域な用水路が身近に溶け込んだ文化になったのでしょう。水道局は液体油を排水に流さないよう呼び掛けているので、暗渠に埋められていない用水の流れを地域の人々が見て、排水に流してはいけないという意識が持てるようになれば…と言ったところでしょう。