昭和11年の歴史を感じる。
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昭和11年3月に起工した、新たな道路の改修工事の完成を記念して建立された、道路改修記念碑です。
名前 |
道路改修記念碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
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石碑の裏面には、地元だけでなく、船橋町の商家や、何らかの縁があった中山や行徳の寄付者の名が記されています。道路に土地を寄付した先人には感謝。以下中学生以来ちゃんと読みたかった碑文の翻刻及び口訳です。【翻刻】道路改修記念地方文化ノ開發ト之ガ充實トハ繫(かか)ツテ交通機構ノ如何ニアリ縣道改修ノ實績ニ徵シ幹線道路タル邊田道通改修ノ事ニ進ム抑〻(そもそも)邊田道通ハ明治九年地租改正ノ時ニ幅員壹丈五寸トシ來リシガ年ヲ逐フテ益々狭隘ヲ感ズルニ至ル會々(たまたま)該道路ハ村會ノ協賛ヲ經テ改修ノ機運ニ接スルニ方(あた)リ村道トシテハ幅員貮間以上ト規定セラレシニヨリ貮間半ニ協定シ一致以テ工事ニ着手セリ擴張幅員二尺二寸五分宛兩開キ三百三十七坪ハ各自地先無償寄附タリ經費ハ村ノ豫算ト有志者ノ多大ナル寄附トニ依リテ完成セシヲ以テ記念ノ爲茲(ここ)ニ碑ヲ建テ其ノ所以ヲ傳フ昭和十一年三月起工 九月竣成西田嶋區【口訳】道路改修記念地方の文化が発展して充実することは、交通機構のあり様に懸かっている。そのため私達は、県道の改修の実績に照らし合わせて、幹線道路である台地の裾を通る辺田道の改修を行った。そもそも辺田道は、明治九年の地租改正の時に、幅員を1丈5寸(約3m15cm)と定められた。だが、この幅員は、日増しに狭いと感じられていた。そのため、八栄村の村会の協賛を得て、この道路を改修する運びとなった。村道は、幅員を2間(約3m60cm)以上と規定されているので、改修する幅員は2間半(4m50cm)と決め、それに全員が同意して、工事に着手した。拡張した分の道の幅員は二尺二寸五分(約68cm)で、道の両側に拡張された土地の合計は三百三十七坪となった。その土地は、道路の地先の地主の各自が、無償で寄附をした。工事の経費は、村の予算に加えて、有志者の多大な寄附に依った。工事が完成したことを記念して石碑を建て、その経緯を伝えることとする。昭和十一年三月起工 九月竣成千葉県東葛飾郡八栄村字田嶋下。