水元公園の歴史、伝える小岩用水!
小岩用水の沿革の特徴
小岩用水は水元公園の小合溜が源泉です。
農業用水路の歴史を感じられる記念碑です。
上下之割用水の主要分水路として利用されています。
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水元公園の小合溜から農業のために水をひいた用水路の記念碑。
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| 名前 |
小岩用水の沿革 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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小岩用水は、小合溜井(現在の水元公園)を用水源とする上下之割用水の主要分水路です。江戸時代中期の享保14年(1729)、8代将軍徳川吉宗の幕府勘定方であった井沢弥惣兵衛は利根川の旧河道を締め切って小合溜井を設け、中川・上下之割用水を整備しました。上下之割用水は東葛西領50余村を潤す灌漑用水で、岩槻橋を経て大堰枠で小岩用水を、新宿村と曲金村境付近で東井堀、さらに細田村と奥戸新田付近で西井堀と中井堀を分流しています。小岩用水は下之割と呼ばれた現在の江戸川区方面への主要用水路でした。当時の葛西領は上下之割用水と西の葛西用水の2大用水の本・支流が縦横無尽に走る水田地帯で、葛西3万石の米どころとなっていました。また畑地では小松菜などの野菜が作られ、大消費地江戸を支える農村地帯として重要な役割を担っていました。近代に入って都市化の進行とともにこれらの用水路は次第にその役割を減じ、戦後は工場や家庭からの排水が流れ込む排水路となっていきました。昭和39年(1964)4月、葛飾区へ移管され、その後下水道の完備とともに緑道として整備されて現在に至っています。平成8年2月 葛飾区。