広島港の歌碑、心に残る港。
「港」の歌碑の特徴
唱歌港は広島港(宇品)で生まれた歴史的な場所です。
讃岐の金毘羅さんを想起させる港町のノスタルジーがあります。
小学校の音楽教科書にも登場する、忘れられない唱歌の記念碑です。
小学校の音楽の教科書にあった「港」と言う唱歌は広島港(宇品)で生まれたのだそうです。日本で最初の三拍子のメロディとも言われております🎶こんな場所に記念碑があるのは近年まで知りませんでした💦
唱歌「港」は「讃岐の金毘羅さん」お参りの際の港町(瀬戸内海の対岸)で育った私には、忘れられない歌です。「林なしたるほばしらに花と見まごう船旗章(ふなじるし)」は、毎年春になると、港を埋めつくす、こんぴら参りの船の光景が、今でもありありと目に浮かんでくるのです。唱歌「港」は、最初に聞いたときから、瀬戸内海の港ではないかと感じていましたが、広島の宇品港と知り感動したものです。
宇品の港を歌った唱歌の歌碑。船の煙突をかたどり、歌詞が刻まれている。
| 名前 |
「港」の歌碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
http://tomura.lolipop.jp/9/2ujinahijiyama/14.minatonouta.htm |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒734-0011 広島県広島市南区宇品海岸3丁目11−53 |
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この「港」の歌碑は、1896年(明治29年)に発表された文部省唱歌『みなと』を記念して建立されたものです。この歌は、日本人作曲による初の三拍子の楽曲として知られ、作詞は旗野十一郎、作曲は吉田信太によるものです。歌碑は1975年(昭和50年)に建立され、船の煙突を模したデザインで、正面には錨が配置されています。碑文には、歌詞が刻まれており、当時の宇品港の賑わいを感じさせます。この歌の舞台については、広島市の宇品港がモデルとされる説が有力です。1973年(昭和48年)、全日本海員組合の宮城伸三氏が、地元の老人から「みなとは宇品を歌った歌である」との話を聞き、調査を行った結果、宇品港が舞台であることを確信したとされています。また、歌詞に登場する「はしけ」や「船のかげ」などの描写が、当時の宇品港の風景と一致することからも、宇品港がモデルである可能性が高いと考えられています。一方で、神奈川県横浜市にも「港」の歌碑が存在し、作曲者の吉田信太が横浜市在住であったことから、横浜港が舞台であるとの説もあります。しかし、吉田信太が広島に赴任したのは作曲後であることや、旗野十一郎が宇品港を訪れた記録がないことから、宇品港がモデルであると断定することは難しいとされています。現在、宇品中央公園の「港」の歌碑は、広島市民や観光客にとって、明治時代の宇品港の歴史や風景を偲ぶ貴重なスポットとなっています。また、公園内には他にも「明治天皇御駐蹕趾碑」や「旧陸軍運輸部船舶司令部」の碑などがあり、宇品地区の歴史を学ぶことができます。